第4章:失われた秋、アキとD(ディー)の部屋
フユキくんに拒絶された帰り道、僕たちはその足でアキくんの家に向かった 。かつて僕たちの音楽の教科書であり、絶対的なリーダーだった男が住む、静かな住宅街だ 。
アキくんの部屋のドアを開けると、カーテンを閉め切った薄暗い空間に重い沈黙が淀んでいた 。
「……お前らか。言っただろ、もう俺のことは放っておけって」
車椅子に座ったアキくんが、背を向けたまま低く言った 。かつてステージで誰よりも高く跳んでいた面影は、痩せたその背中にはもうない 。 部屋の隅、埃をかぶったスタンドに立てかけられているのは、ギター**「ディー」** 。かつてはアキくんの「翼」と呼ばれた名器だ 。
『ディー……おい、シー。わざわざ死に体を見に来たのか? 主人の指はもう一ヶ月も俺に触れていない。弦は錆び、魂は枯れた。』
ディーの絶望的な呻きが、シーを通じて僕の心に流れ込んでくる 。
「アキくん……。ナツミちゃんも、リンコちゃんも、みんな待ってるんだよ」 「待ってどうするんだよ! この足を見てみろよ陽太! ギターを抱えてステージを駆け回ることもできない、ペダルを踏んで音を変えることだってできない! こんな俺がいて、何になるんだ!」
アキくんが激昂し、車椅子の手すりを叩く 。その衝撃で、机の上の楽譜がバラバラと床に散らばった 。
「……アキくん。あなたは『足』でギターを弾いてたの?」
リンコちゃんが、静かに、でも凛とした声で言った 。彼女は床に膝をつき、ノートPCをアキくんの膝の上に置いた 。画面には、僕となつみが練習した時の録音データが並んでいる 。
「エーが、計算したんだよ。この曲には、アキくんの『ディー』が必要だって 。……立ってなくてもいい。車椅子に座ったままでも、指さえ動けば、この空いたスペースを埋められるのはあなたしかいないの」
リンコちゃんがエンターキーを叩く 。 スピーカーから、ナツミちゃんの荒削りなドラムと、僕の不器用なギターが流れ出した 。
『シー……聴け、ディー。そしてアキ。ハルタの音は相変わらず現実味がない。だが、この隙間はお前にしか埋められない現実だ。……いつまで寝てやがる!』
アキくんの指が、ピクリと動いた 。 彼は吸い寄せられるように、埃をかぶったDのネックに手を伸ばした 。
「……バカなこと言うなよ。こんな……バラバラなリズムに合わせて弾けるわけ……」
言いながら、アキはディーを抱え、錆びた弦を一本、弾いた 。 ギィ、と鈍い音が響く 。けれど、その一音だけで、部屋の空気が震えた 。
「……ひどい音だ。調整もされてない 。……リンコ、今のハルタの音、もう一回流せ。ここ、少しだけ俺が『理想』を足してやるよ」
アキくんの瞳に、ほんの少しだけ、かつての鋭い光が戻った 。 失われた秋が、デジタルの波形を通じて、ゆっくりと再生を始めた瞬間だった 。
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