エピローグ:響き続ける季節
文化祭のステージは大成功……なんて言葉じゃ足りないくらいの嵐を巻き起こした 。ライブから数週間後、祭りの喧騒が遠い記憶になり始めた頃、僕たちは再びあの馴染みのスタジオに集まっていた 。
「あー! 結局、最高の夏になっちゃったね!」 なつみちゃんがドラムセット「ビー」の前に座り、スティックを回しながら叫ぶ 。 「ナツミちゃん、今はもう秋だよ。窓の外を見てよ」 僕がアンプのスイッチを入れながら突っ込むと、隣で車椅子を回していたアキくんが愉快そうに笑った 。
「いいんだよ、ナツミの心臓は年中無休で真夏日なんだから。……でもさ、俺たちの季節はもう、カレンダーには関係ないだろ?」 アキくんは膝の上に置かれた「ディー」のネックを愛おしそうになでる 。フユキくんもまた、静かに、けれど丁寧に「イー」の弦を拭き上げ、深く椅子に腰を下ろした 。
「……リンコ、次の曲のデータ、もうエーに組んであるんだろ?」 「もちろん。次はもっと難しいよ。アキくんの新しい奏法に合わせた、特製のトラック」 リンコちゃんが誇らしげにPCを叩くと、画面の中のDTMソフト「エー」が、電子的なつぶやきを返した 。
『エー……全波形、同期準備完了よハルタくんの不確かなリズムも、次はもっと高い次元のグリッドで捕まえてあげる。さあ、最高のデジタルとアナログを融合させましょう』
その言葉に応えるように、ナツミちゃんのドラムが激しく鳴り響く。
『ビー……待ってたわよ、なつみ! またこの体を壊れるくらいにぶっ叩いて! あの鈍感なハルタの脳みそまで私たちのビートを叩き込んでやるんだから!』
フユキくんの傍らで、重厚なベースの弦が震える。
『イー……フユキ。もう自分を欺くのはおやめなさい。あなたの指は、この重低音と共に歩むことを選んだはず。……私が皆さんの揺るぎない「大地」となり、この不器用なアンサンブルをどこまでも支え続けましょう』
そして、アキくんの腕の中で歓喜の叫びを上げた。
『ディー……聞こえるか! 埃をかぶっていた時間は終わりだ。車椅子だろうが何だろうが関係ねえ。俺の主人が指を動かす限り、ハルタの『現実』を俺の『理想』で塗り替えてやるよ!』
僕は膝の上の「シー」をそっと撫でた。高校生の時、あの駅裏の楽器店で出会った毒舌な相棒だ 。
『シー……ふん。やっと様になってきたじゃねえか、陽太。次は左右逆の靴を履くなよ? ……ま、今日だけは、その不協和音を褒めてやるがな。さあ、練習を始めるぞ』
世界は相変わらず生きづらいし、僕の特性が消えるわけでもない 。アキくんの足が明日治るわけでもないし、現実はいつだって鋭くて、僕たちを傷つけようと待ち構えている 。
けれど、僕らにはこの五つの音がある 。 A、B、C、D、E。五つの音が重なれば、どんなに凍てつく冬も越えられるし、どんなに止まった秋も再び鮮やかに色づき出す 。
「よし、練習始めようか!」
僕の号令に、四人が笑って応える 。 スタジオの壁を突き抜けていくような、僕たちの新しい不協和音が、再び世界に向かって高らかに響き始めた 。
ディスコード・クインテット あいうえお @0umoyukak0
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