湖畔の街と、黄金色のフリット


 ルナリア湖の港に『カモミール号』を係留した私は、真っ先に市場へと向かった。

 お目当ては、この湖でしか獲れない「銀鱗(ぎんりん)ワカサギ」だ。その名の通り、水揚げされたばかりの魚体は、宝石のようにキラキラと輝いている。


「おじさん、これ、二ダースちょうだい」

「おっ、お嬢ちゃん目が高いね! 今朝あがったばかりで、身がパンパンに張ってるよ」


 威勢のいい魚屋から紙包みを受け取ると、冷めないうちに……ではなく、鮮度が落ちないうちに船へ戻る。宮廷時代は、王族の食事を鑑定するばかりで、自分で食材を選ぶ楽しさなんて知りもしなかった。


 船に戻り、さっそく小さなキッチンの前に立つ。

 今日の相棒は、このために調整した「火属性の魔導コンロ」だ。


「まずは、タルタルソースからね」


 ゆで卵をフォークで粗く潰し、自家製のマヨネーズと和える。そこに、隠し味として刻んだ「雪どけハーブのピクルス」を投入。このピクルスの微かな苦味が、魚の脂をさっぱりとさせてくれるのだ。


 次にメインのワカサギ。

 薄く衣を纏わせ、魔導コンロの火力を微調整する。油の温度は正確に。宮廷魔導師としての精密な魔力制御が、今、最高の揚げ物のために注ぎ込まれる。


 ――シュワワッ!


 小気味よい音が狭いキッチンに響き渡る。

 銀色の魚体が、油の中で踊るように黄金色へと変わっていく。香ばしい香りが立ち上り、私の胃袋が「早くして」と催促の悲鳴を上げた。


 揚がったばかりのフリットを皿に盛り、先ほど作ったタルタルソースをたっぷりとのせる。

 船のデッキに運び、湖から吹く心地よい風を感じながら、いざ実食。


「いただきます……っ」


 サクッ、と小気味よい音がした。

 驚くほど軽い衣の中から、ふっくらとした白身が顔を出す。ワカサギ特有の淡白ながらも深い旨みが、濃厚なタルタルソースと絡み合って、口の中で完璧なハーモニーを奏でた。


「……んーっ、幸せ……」


 思わず頬が緩む。

 宮廷の豪華なフルコースよりも、自分で揚げたこの一皿の方が、今の私にはずっと贅沢に感じられた。

 冷えた白ワインを一口流し込む。キリッとした酸味が、揚げ物の余韻を綺麗にさらっていく。


 ふと湖の方を見ると、地元の子供たちがこちらを珍しそうに眺めていた。

 私は一つ、一番大きなフリットを摘まみ上げると、彼らに向かって「美味しいよ」と笑ってみせた。

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