青の洞窟と、星屑の岩塩


 サクサクのフリットを数匹食べたところで、私はふと手を止めた。

 美味しい。文句なしに美味しいけれど……何かが足りない。


「……塩、かな」


 タルタルソースもいいけれど、この繊細なワカサギの甘みをもっと引き立てるには、尖りのない、まろやかな塩が必要だ。

 そういえば、ルナリア湖の北端には、かつて精霊が住んでいたと言われる『青の洞窟』があり、そこには「星屑岩塩」という希少な塩が眠っていると古文書で読んだ記憶がある。


「よし、ちょっとデザートの前に一走りしてこようかな」


 私はカモミール号の進路を北へ向けた。

 普通の旅人なら険しい山道を数日歩く距離だが、魔導船なら空を横切ってわずか三十分だ。


 到着した洞窟は、湖面が差し込む光で青く輝く幻想的な場所だった。

 奥へ進むと、天井から吊り下がった結晶が、私の魔力に反応して淡く発光する。


「あ、いた」


 岩塩の塊を守るように、小さな「岩トカゲ」がこちらを威嚇している。本来なら宮廷魔導師が相手にするような魔物ではないが、今の私はただの旅人。無用な殺生はしたくない。


「ちょっとだけ、お裾分けしてね。代わりにこれ、あげるから」


 私はポケットから、宮廷時代に開発した『超高濃度・栄養凝縮干し肉』を取り出し、岩トカゲの鼻先に放り投げた。

 トカゲは見たこともない御馳走に目を丸くし、そそくさと干し肉を咥えて岩の隙間へ消えていった。


 平和的な解決。これぞスローライフの極意だ。


 トカゲが守っていた岩肌には、夜空を切り取ったような、青白い結晶がびっしりとこびり付いている。

 指先で少しだけ削り取り、舌に乗せてみる。


「……っ、これだわ!」


 ピリッとした刺激の後に、驚くほど濃厚なミネラルの甘みが広がる。

 私は魔導杖を振るい、必要な分だけを丁寧に切り出した。欲張らず、一瓶分だけ。それが自然の恵みをいただく際のマナーだ。


 カモミール号に戻り、まだ温かさの残るフリットに、砕いたばかりの「星屑岩塩」をパラリと振りかける。


 再び口に運ぶと――。

 先ほどまでの味とは、次元が違っていた。

 塩がワカサギの脂を甘みに変え、湖の香りが鼻へ抜ける。


「最高……。これなら、あと三ダースは食べられちゃうかも」


 夕日に染まり始めた湖を眺めながら、私は贅沢な悩みに頭を抱えるのだった。

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