第一章-1 倫との出会い


 そして春。希望の高校に通い始める。普通科ではないため学区はなく、神奈川県全域から生徒は集まって来ている。入学式で同級生たちを見渡すと、高校から美術をやろうと考えるのはやはり変人が多いのか、その服装や外見は個性豊かだ。前の列に座っている女子生徒の髪は燃えるような赤に染められているし、少し遠くに見える男子生徒は、パンクファッションで髪型はモヒカンだ。この面子を見ただけで、群れる文化にならないことが想像できて気が楽だ。

 カラフルな入学式の中にあって、私は全身黒づくめだ。色を塗ることが好きなくせに、自分に色がついていると何故か落ち着かない。通学用の服を買うようにと渡された金は、全て単色黒の服に注ぎ込んだ。色とりどりの彼・彼女らの中で、黒子のように目立たない存在で居られる。自分が居るべき場所に来ることができたと、居心地の良さを感じた。


 たった八十人の新入生は二つにクラス分けがなされたが、選択制のカリキュラムがメインなので、このクラスは一般科目を受講するためのものらしい。入学式翌日は、学校のシステムの説明と、選択授業の申し込み、そして今日が最初で最後というホームルームがあり、自己紹介が行われた。

 自席ではなく前に出て、三分の持ち時間が割り当てられる。作品を見せるよう事前に連絡が来ていたので、高校入学と同時に買ってもらったタブレットに入れて来ている。大きなモニタから伸びるケーブルに繋ぐと、タブレットの画面が映し出された。手早く次々と作品を切り替えて表示しながら、名前と出身中学、これからグラフィックデザインを学びたいと必要最低限の情報のみを伝え、趣味などのプライベートな話は一切しないで終わらせる。自分のことなどどうでもよくて、それより他の生徒の作品を見るのが楽しい。絵画、イラスト、デザイン、工芸、彫刻と分野も様々だ。他人を認識する軸が、見た目の良し悪しとか、勉強の点数ではなく、作品であることがとても明快だと感じられた。

 自己紹介も残り少なくなった頃、一人の女子生徒が壇上に上がる。皆の視線が一斉に吸い寄せられ、教室の空気が変わったのがわかった。

「はじめまして。渡会わたらいりんです」

 小柄で華奢な美少女の、やわらかい笑顔が教室中を照らしている。顔の美醜に興味がない私でさえ、浮世離れしたその可愛らしさと、非の打ち所がない顔面レイアウトに思わず惹きつけられた。

(モデルやアイドルみたいに可愛い子だなぁ。これぞ美少女って感じがする)

 子猫や子犬のように、無条件に人の心を掴む愛らしさだ。ふと気づくと、いつも無表情な私も思わず微笑んでしまっている。渡会倫の作品はイラストで、彼女に似た可愛い少女が中心だ。SNSのインスタグラムで発表しているらしく、自身のアカウント画面をスクロールしながら作品を表示している。突然、教室の中が騒がしくなった。

「まさかのRINさんっ!」

「えっ、カミエシと同級生?」

 ざわめきの合間に、意味のわからない単語が聞こえてくる。どうやら彼女は有名人のようだ。壇上の度会倫は、その空気に臆することなく自己紹介を終え、最後まで輝くような微笑みを絶やさずに、会釈をして自分の席へと戻って行った。


 自己紹介が終わるとホームルームは終了となる。今日中に提出しなくてはいけない選択授業の申し込み用紙を机に広げて選んでいると、教室の一角が騒がしくなる。なんだろうかと向けた視線の先に、度会倫と、その周りを囲む生徒たちが見えた。

「すごい人気だね。さすがカミエシ」

 隣の席に座る女子生徒が話し掛けてくる。私は彼女に向かって振り返った。

「カミエシって?」

「えっ、知らないの? 絵師はわかる?」

「あー、わかった。神レベルに絵が上手いイラストレーターのことか」

「そうそう、それだよ。RINと言えば、神絵師の中でも特に人気があって、ゲームのキャラデザや、ラノベの表紙や挿絵も描いてるプロだよ。RINが表紙を担当すると本の売り上げが倍になるってなんかで読んだよ」

「へぇ。中学生の時の話だよね? すごいな」

 年齢は関係ない世界だし、中学生でも驚くほど上手い子は居るのだろう。だとしても、大人に混ざって仕事として成立している実績には感心する。しかもあの外見だ。きっとこのクラスは彼女を中心に回っていくのだろうと、その時は他人事のように眺めていた。


 高校生活は毎日が快適だった。制服も校則もなく、教師も授業をする以外何も関わってこない。自立を求められ、そして自己責任の校風。牧羊犬に追い立てられる羊の群れだった中学時代から一転、一気に大人として扱われているように感じて居心地が良い。

 選択制の授業は、デザインを中心に美大受験に役立つクラスを受講している。講師も、プロのグラフィックデザイナーやアートディレクター、美大の非常勤講師に現役美大生と実践的だ。

 初日に話し掛けて来た隣の席の香川かがわ祥子しょうこは、彫刻家を目指しているので選択授業で会うことはないが、一般教科で隣に座れば、時々当たり障りのない会話をするようになった。だが、彼女もあまり深い会話をする気はない様で、他人との距離感が私と近い。その浅い関係が、人間関係を苦手とする私にはちょうどよかった。

 夏休みが明けたある日、一般教科の数学で授業は終わる。すぐに教室を去る生徒がほとんどの中、私はノートのまとめを終わらせてから、少し遅れて帰り支度をしていた。その時、視界に影が落ちる。なんだろうと上げた視線の先には度会倫が立ち、あの天からのギフトのような可愛らしい笑顔で私を見下ろしていた。

 彼女とは今まで一度も会話をしたことはない。何か用だろうかと、問い掛ける表情を浮かべると、ピンクに彩られた倫の唇が動き始めた。

「ねぇ、木暮こぐれさん。私と友達になってくれない?」

 随分と唐突な誘いだ。学んでいる美術の分野が違うので、選択授業もほぼ重なっていない。ましてや度会倫は既にプロのイラストレーター。常に誰かに囲まれていて、友人が不足しているとは思えない。なぜわざわざ、話したこともない私に声を掛けて来たのかわからず、即答ができない。断ると思ったのか、倫の表情が不安そうに曇るのが見えた。

「だめ、かな?」

「え。あ、いや」

 心配そうな表情はまるで捨てられて不安な子猫のようで、これを拒否することは難しいと感じてしまう。親しい友人を作ることに興味などない私だが、『断らない』という消極的な理由で、受け入れることを選択した。

「いいけど……あまり友達付き合いが得意じゃないんだ。それでも良ければ」

「えっ、ホント?」

 倫の表情がぱあっと明るくなる。教室の窓は東向きで、夕方のこの時間帯には陽は射さない。それなのに、私たち二人の空間が急に光に包まれたかのような錯覚に包まれる。彼女は既に帰宅した香川の席に腰を下ろし、スマホを取り出した。

「ライン、交換しよっ」

「うん」

 日常会話が苦手な私は最低限の返事だけをして、倣ってスマホを出す。手慣れた様子ですぐにアカウント情報が流れ込んできた。

「ふふっ、ついに木暮さんの連絡先ゲット。やったね。ねぇねぇ、下の名前で呼んでもいい? それか、中学の時、友達にはなんて呼ばれてた?」

「中学の時は……馨くん……って呼ばれてたかな」

「くん付け! でも木暮さんの雰囲気にピッタリだよ。私も馨くんって呼ぶ」

 驚いたり笑ったりと、倫の表情は忙しく変化する。よく動く表情筋だなと思ったが、それはどのひとコマを切り取っても、完璧に可愛い。

「私は倫さんって呼べばいい?」

「えー、同級生でさんづけはないでしょ」

「じゃあ、倫ちゃん?」

「もぅ。倫って呼び捨てにして。ね?」

 膨れたと思った表情が、すぐに甘えたおねだり顔へと変化する。下の名前を呼び捨てるほど馴れ馴れしい関係は本意ではなかったが、この顔でねだられると断りづらい。求められるままに呼び掛けると、倫は嬉しそうに微笑んだ。

「りーん、ナンパ中にすみませんが、もう出ないと上映時間に間に合わないよ」

 教室の出口で、いつもの取り巻きの一人が呼び掛ける。その声で倫はパッと顔を上げて椅子から立ち上がった。

「ごめん、これからアニメ映画に行くんだ。ね、ね、明日一緒に帰ろ? 大丈夫?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、明日ね」

 去り際に、倫が腕に触れる。パーソナルスペースの広さが全く合わないのか、唐突な肉体的接触に驚いてしまった私は、去っていく背中を無言で見送る。

「ナンパは成功した?」

「したっ! ついに憧れの木暮馨くんと話せたし、明日の放課後デートの約束までしちゃったぜっ!」

 パタパタと急ぐ足音と共に、彼女たちの話す声が廊下から届く。徐々に小さくなるその会話は、私を驚かせた。

(は? 憧れ? デート? 友達の申し込みだったんじゃ?)

 状況が理解できずに混乱する。最初に思い浮かんだのは、まさか男子だと誤解されてないかという疑惑だ。170cmを超える身長、胸も腰も凹凸のない棒状の体型で、声もなぜか中学で声変わりしてかなり低い。もちろんスカートなど履かないから、男子と間違われることが頻繁にあった。この学校はトイレと更衣室以外は、体育も含め男女を分けることがないので、倫が誤解している可能性もゼロではない。その夜は、誘いの意味がわからず、眠りに就くまでに少し時間が掛かった。

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