第6話 ノイズ
違和感は、音だった。
事務所の奥。通信室に並ぶモニターが、低く唸っている。
いつもより、ノイズが多い。
「……変ね」
私は、画面を見つめた。
恒一は、椅子に深く腰掛けている。細身の体に、少し大きめのパーカー。
フードは被っていないが、無造作な黒髪が目にかかっている。
目の下には、薄い隈。夜型の人間だ。
「気のせいじゃないですか、お嬢」
軽い声。指はキーボードの上で止まらない。その動きは、相変わらず滑らか、情報屋としての腕は、本物。
だからこそ。
「回線、外部に流れてない?」
私は聞く。
杜は、一瞬だけ、瞬きをした。
「……ログは綺麗ですよ」
綺麗すぎる。
景明が、私の後ろに立つ。スーツ姿のまま、気配を消している。
「三分前から、こちらの動きが先読みされています」
静かな報告。恒一が、笑った。
「偶然ですよ、そんなの」
その声が、少しだけ高い。
私は、彼を見る。
パーカーの袖口。そこに、見慣れない細い傷があった。
爪で引っかいたような――焦りの痕。
「誰と繋がってる?」
杜の指が止まる。
「……お嬢?」
呼び方が、いつもより近い。
「答えて」
私は、椅子の背に手を置く。
逃げ道を塞ぐ位置。
杜は、笑顔を作ろうとした。でも、失敗している。
「陳さんみたいに疑うんですか」
その名前を出した瞬間、景明の視線が鋭くなる。
「裏切りじゃないです」
杜は言う。
「ただ、保険を――」
そこまでだった。モニターが一斉に暗転する。
非常灯の赤。
「切ったな」
烈の声が、背後から聞こえた。
今日は黒いジャケット。シャツの襟元が開いている。いつもより静かな目。
「悪い癖だ、杜」
杜が、椅子から立ち上がる。細い身体が、震えている。
「だって……」
声が裏返る。
「ここにいたら、死ぬじゃないですか」
私は、答えなかった。それは、嘘じゃない。でも。
「誰に流した」
私は聞く。
杜は、俯いた。
「……南側」
その名前に、空気が冷える。私は、目を閉じてから開いた。
「どこまで?」
「配置と……次の動き」
十分すぎる。
私は、景明を見る。
「拘束」
景明が、無言で動く。
杜は、抵抗しなかった。されるがまま、腕を取られる。
烈が、私の横に立つ。
「どうします?」
私は、少し考えた。
怖い。でも、目を逸らしたくなかった。
「……白蘭のところへ」
杜が、顔を上げる。
「え?」
その反応で、確信した。彼は、死ぬ覚悟はしていなかった。
「命は、在庫」
白蘭の言葉を思い出す。
「壊れたら、直す」
陳の口元が、ゆっくり歪んだ。
「いい選択です」
杜が、私を見る。縋るような目。私は、視線を逸らさなかった。
「情報屋は、嘘をつく」
静かな声で言う。
「でも、情報は嘘をつかない」
拘束され、連れて行かれる杜の背中は、驚くほど小さかった。
通信室に、静けさが戻る。
私は、暗くなったモニターに映る自分を見る。
疑った。見抜いた。命じた。
それでも、胸の奥に残るのは、ざらついたノイズだけだった。
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