第7話

「間壁さん! Lull-Ω(ラル-オメガ)の資料、見ましたか!?」


二人きりのがらんとしたオフィス。すらりとした長身の女性が、間壁に向かってまくし立てている。


「なんですか。これ。コップ一杯の飲み水を作るために、海全体の海水を集めて蒸留ろ過するような話じゃないですか」

「どれだけ電力を消費すると思っているんでしょうか」


「そんなことはないだろう」


「いえ。そうですよ」


「そうじゃない」

「海だけじゃない。地球全体の水分すべてだ。なんなら火星や太陽系外や宇宙全体の水分全部だ。理論上はな。冴子君」


「海はたとえです。たとえ!」

「とにかくこんなエネルギーどうやって確保する気なんでしょう」


「海だな」


「海?どういうことです?」


「自分で言ったじゃないか。海って」


「だから、あれはたとえです。海流や波による発電ですか?」


「違う。それも無視できないが、海水そのものや海洋リチウムなら資源はほぼ無尽蔵だ」


「…核融合ですか?」


「おそらくな」

「君は優秀なエンジニアだ。想像くらいはつくだろう」


「そもそもLull(ラル)の基本構想は僕がアメリカにいた時代からあった。むしろ今のAIはその派生にすぎない」

「ただ当時は、エネルギーの問題に突き当たってお蔵入りになった」

「ゲーゲルは、核融合かどうか知らないが、どっちにしてもエネルギーを大量消費する方向に舵を切ったということだな。これに関してはゲーゲルジャパンは蚊帳の外だ」


間壁は少し目を落とした。


(核融合なら今の原発よりすこぶる安全だが、施設をいくつもは造れまい。建設コストがべらぼうだ。AI専用の海洋ケーブル網を張り巡らせることにもなる。『Lull』…か。「凪」というのは的を射たネーミングだったな。今は静かな海面下で巨大な思惑がうごめいている)


「冴子君。今日はもうおしまいだ。11時になる。パーティーも終わる時間だ。君も少しは楽しんできたのかい。朝早くから迷惑な話だったな。お疲れさま。」


「楽しむ気も無かったですけど。サンタがウヨウヨいましたね。昨夜でもう見飽きてました」

「明日で仕事納めですので、私、核融合や海洋リチウムについて、休み中に学んでおきます。エネルギーは専門外で良く知りませんから」

「お疲れさまでした」


冴子が去り、一人になったオフィスで間壁がつぶやいた。


「ガブリエル。『Lull』はゲーゲルだけのものじゃない」

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