第3話
-カシャッ ギッ…
-カシャッ ギッ…
聴いたことはある気がするけど、どうも聴き慣れない音。
スマホカメラのシャッター音に混ざって、ときおり聞こえてくる音。
なんの音だろ。
律子は袖口の毛玉に気をとられながら
頭の隅でその耳慣れない音を聴いていた。
2025年12月25日。朝6時45分。
ゲーゲルジャパン渋谷オフィスのホール前には、社員やその家族、招待客らしき関係者が集まりはじめている。
吹き抜けの天上への入り口のような巨大なエントランス。
ビジネススーツの人もいるが、多くはクリスマスらしく装ったファッショナブルな人たち。
律子はなるべく目立たぬよう、派遣スタッフのマネージャーを探した。
「か・ざ・ま・さ・ん。かざまりつこさん」
律子は反射的に声の方向を向き、思いっきり頭を下げた。
「マネージャー‼︎ すいませんっ‼︎ すいませんっ‼︎」
「風間さん。集合時間は? わかってましたよね」
「まあ良いです。今回は。こちらも急にお願いしましたから。」
「それより早く着替えに行ってください。それに、いつまでそのもっさりしたコートを着てるんですか?むさ苦しい」
「いえ、あの、慌てて家を出たものですから、えと、コートの下は、部屋着のセーターなんです」
「こっちで着替えがあるって聞いていたし…」
「…ふぅ。そう。本来コートを預かる係のあなたが、フロントでコートも預けずに、脱ぎもせず、私を探して、ズカズカ入ってきて、キョロキョロしていたわけですね」
「ズカズカって…。いえ、はい。すいません。そうですね」
「とにかく案内します。用意されている服に着替えてください。サイズは以前に申告されていた通りです」
「お仕事は午後3時まで。7時30分からクリスマスイベントです。アメリカ本社の新CEOのメッセージから始まります。7時から入場受付開始ですから、それまでに着替え出来ますね」
「はいっ。すぐします!」
(え?以前の申告?ウソ、まずいんじゃない?わたしあれからちょっとっていうか、ずいぶんっていうか、いや、崩壊まではしてないけど…)
律子の思考を遮ってマネージャーの声が飛ぶ。
「高橋くーん! 最後の子が来たわよー!」
-カシャッ ギッ…
またあの音がした。今度は近くでしっかりと。
誰かから見られている気配。
誰かが私を見ている気配。
「風間さん…、ですか?」
若い男性が律子に声をかけた。
「高橋です。あの、時間ないので説明なしですけど、とにかくこっちです。急ぎましょう」
律子はマネージャーにぺこぺこ頭を下げながら、高橋に促されるまま、その場を離れる。
「マネージャーさん。厳しいけど優しいところ、ありますよね」
「えっ、あ、そうですね。でも、さっきは怒ってる時間もなかったんじゃないですか?」
二人はそんなやりとりをしながら早足で歩く。
「ここ、控室です。今日の衣装ありますから、中で着替えてください。僕、このまま待ってるので、着替えたらすぐ配置場所に案内します。7時から受付開始です」
(ん?衣装?)
律子は高橋の言葉に軽く違和感を覚えたが、とにかく急いで控室に入った。
「…結局、サンタだよ」
数着残されたサンタの衣装。
「サイズあんま関係ないじゃん。でっかいか、ちっさいか、ちゅうっくらいかだよ。私はちゅうっくらいのちっちゃめよ(たぶん)」
「日本じゃもうサンタの出番は終わってるって」
「私んとこには来なかったけど。一瞬期待したけどさ。結局,私がサンタだし」
律。いい加減さっさと着替えなさい。
高橋君が待っている。
マネージャーも許さないぞ。
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