1章-第13話「私に使えよ」
「私に仕えんか?ランディ」
ランディは少しだけ息を吸い込み、顎を撫でた。
「……断ります」
あまりにもあっさりした言葉だった。リディアは手綱を引き、馬を止めた。
「理由を聞いても?」
「流れ者ですので」
「さっきからそればっかりね」
リディアは半身だけ振り返った。
「私に仕えれば、家を買えるくらいの給金も与えられる」
「それはそれで困ります」
「……どういう意味かしら」
「私を受け入れてくれた村に恩を返しておりません」
どの村も父とランディに施しはくれるものの受け入れてはくれなかった。そもそも、流れ者を受け入れるほど物好きで余裕のある村は少ない。
マリントレイル村の人間は2人を温かく迎え、教会の牧師は住む場所を用意してくれた。ランディは幼いながらにかなり恩義を感じていた。
それに、ライオネルの村の為に出来ることを考えろという言葉を実践しようと思っていた。
リディアは金や地位で釣れる様な男では無いのは当たり前ではないかと自責した。
「私に仕えるのは嫌?」
「嫌ではありません」
ランディは首を振った。
「ならどうして?」
「分かりません。自分でも」
ランディには理由は分かっていた。敢えて言わなかったのだ。
家を考えての事とはいえ、民の為に戦った英雄を殺す人間とは多分性格が合わない、後々揉めるだろう。ランディはリディアが自分で手を汚そうとした事には好感が持てた。
リディアは食い下がった。あまりにしつこいのはランディは苦手であった。
「分からないなんて事は無いと思うけど?」
ランディは小さく「うぅ…」と唸った。
「…あなたとは性格が違います。きっと喧嘩をするでしょう。私は戦いは好きですが、喧嘩は嫌いです」
リディアは笑った。まるで初心な町娘が男の告白を断るような理由が出てきたのだ。それも、衛兵を叩きのめして回った男からだ。
リディアは肩を落とすふりをしてみせた。そして、馬を再び走らせた。
「私、領主の娘なのだけど」
「知っております」
ランディはきっぱりと言う。
「領主様の娘様に仕えるような人間じゃありません、私は」
「……そう」
リディアはランディの言葉を反芻した。そこに混ざる「恐れ」も「卑屈」も感じられない。ただ「そういう人間だから」と言っているだけ。
それが余計に癇に障った。
「じゃあ、もし父が同じことを言ったら?」
「何をです?」
「私に仕えんか?ランディと。父が言ったらどうするの?」
ランディは、間を置いた。
グレゴール・オルマンドの、あの笑い皺だらけの顔が脳裏に浮かぶ。牢屋で向き合った時の、まっすぐな眼。
「……困りますな」
「困るだけ?」
「はい。断りづらい人です。あの方は」
自分が「仕えろ」と言っても即座に断られるのに、父の名を出した途端に言葉が濁る。その理不尽さにリディアの胸奥がざらついた。
「父と私、何が違うの?」
「さぁ…歳でしょうか」
ランディは誤魔化した。
リディアとグレゴールの違いを表す言葉をランディは持っていなかった。仕事の仕方が合わないというだけなのかも知れないとランディは思った。
リディアは馬上で振り返りざまに、肘でランディの脇腹を小突いた。
「殴り落とすわよ」
「それは勘弁願いたい」
それから、ほんの少しだけ真剣な声で続けた。
「……グレゴール様は、『人』の為を思っております」
リディアは息を飲んだ。
「私だって『民』の為を思ってるわ」
「ええ。貴方は人の為に損得を深く計算できる人に見えました。私には計算など出来ません」
それは褒め言葉でもあり、拒絶の宣言でもあった。
「私みたいなのがいたら、きっと邪魔でしょう」
「邪魔かどうかは、私が決めるのよ」
リディアはそう言い返したが、ランディは頷いたきり、それ以上は何も言わなかった。
やがて、前方に小さな村が見えてくる。マリントレイル村だ。
「……着いたわ」
リディアが馬を止めると、ランディは無言で飛び降りた。リディアも馬から降りて、供回りの騎士が乗っていた馬の後ろに乗った。
「世話になりました」
簡素な一礼をしてランディは村長の馬を引いて行った。
「待ちなさい」
リディアは馬上からランディを見下ろし言った。
「考え直す気は、本当に無いの?」
「はい」
即答だった。リディアの眉がぴくりと動く。同時に彼女の心中に黒い感情が湧き上がる。
「こんな機会は無いかも知れないのよ?」
「……そうでしょうな」
ランディは、あっさりとした顔で言った。
「それでも断ります。今は」
「今は?」
「父と共にこの村へ恩を返します」
その言葉に、リディアは何も返せなかった。城で育った彼女には、流れ者の父子がどれほど不安定な足場で生きて、なぜランディがその恩義を返そうとするのか本当の意味で理解できなかった。
が、その「今は」という言葉が耳に残った。まだチャンスはあるという事であった。
「分かった」
リディアはあっさりと言った。あっさり言える女ではないのに、そう言った。
「行くわよ!」
供回りの騎士たちが去り、蹄の音は遠ざかっていった。
残されたランディは、しばらく夕日に照らされるその背を眺めてから、村の教会へと歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます