1章-第12話「釈放」
リディアはランディが釈放されたと知り後を追った。追って話さなければならないと、リディアはなぜか思っていた。
ランディは城門の前で「ふむ」と言っていた。
「まだこの街に?」
リディアは父が『特別に』牢屋から出し、父と牢屋役人達が褒め称えた男を見に来たのだ。そして、自らを打ち据えた平民に興味もあった。
「私は馬に乗れません。だからここで思案しているのです」
リディアは笑った。衛兵を叩きのめして回った男が馬に乗れないのだ。意外なギャップだった。
「どの馬?」
供回りの騎士の表情が硬くなった。ランディは村長の馬を指差した。馬は馬宿が慎重に管理してくれたようだった。
ランディは供回りの騎士2人を見た。強さを値踏みしている様でもあった。
「供回りの騎士様が違いますな」
「『平民』に不覚を取ったと猛特訓よ」
リディアは馬に歩みを進めながら言った。
「後に乗りなさい。村まで送るわ」
抗議の声を出す騎士をリディアは制止した。当たり前だ、貴人は平民、それに流れ者を自分の背に乗せない。リディアはランディの馬に乗り、ランディはその後ろに乗った。
走り出ししばらくするとリディアが言った。
「牢屋は身に応えた?」
「確かに身に応えました。絡んでくる囚人達の中にも腕に立つものが何人かおりまして…」
リディアは何も言わなかった。正確には無頼に近い人間を始めて見て、思い浮かぶ言葉が無かったからだ。
ましてや衛兵を叩きのめし、牢屋でも囚人を叩きのめす人間などほぼ珍獣に近かった。
「家は?」
「マリントレイル村の教会です。そこに部屋を借り、父と住んでおります」
「教会?」
「流れ者ゆえ」
ランディと父は流れ者故に、村に家を建てる権利を有していなかった。村の住民として法的に認められるのは、ランディの子供からであった。
「何処から来たの?」
「分かりません。物心ついた時から流れ者でした。父は騎士団で訓練長をしていた様ですが…」
ランディはため息をついた。
「詳しくは聞きません、父は不器用な男です。子に過去の事を聞かれるのを恥とするでしょう」
リディアは「お前に不器用と呼ばれる男か」と言いかけたが、飲み込んだ。
剣を叩き落とされ、足払いで地面に転がされた記憶が蘇る。
リディアは小さく息を吐いた。
「……そう。流れ者なのね」
ランディは首を傾げた。
「貴族様から見れば、流れ者など珍しくもないでしょう」
「珍しいわよ。私の目の前で剣を叩き落とす流れ者なんて…あのとき、なぜ?」
リディアは手綱を引き、馬を少しだけ緩めた。風の音が強くなる。ランディは少し考えてから言った。
「彼は法廷での裁きを望みました」
リディアは「貴様がそれをしたら、オルマンド家の立場が厳しい物になる」と言おうとしたが、ランディは理解しないだろうので辞めた。
「死ぬべき男ではないと思いました」
「……だから、私を止めた?」
「それに、野盗であれば労役をさせ村の為にするべきです」
「それだけ?」
「私には十分な理由です」
ランディは淡々と言った。褒美がどうとか、相手が誰だとか、そんな事はまるで気にしていない声音だった。
リディアは舌打ちしたくなる衝動を抑えた。彼女は自らの父とランディを重ねた。
正しいと思えば、相手が誰であれ止めに入る。それがどれほど政治的に愚かかなど考えない。
グレゴール・オルマンドもまたそういう男だった。
「父に会ってどう思った?」
唐突な問いに、ランディは少しだけ目を細めた。
「…私の事を名前で呼びました。良い人だと思います」
「あの人は色んな人の名前を覚えるのよ」
ランディは頷いた。そして続けた。
「あなたを恨むなと」
リディアはわずかに目を伏せた。
「……らしいわね」
父の姿が脳裏に浮かぶ。笑いながら、目だけは真剣に光らせている顔。
「あの時、ライオネルを殺していたら貴方は私を恨んだかしら」
ランディは首を傾げた。
「何故です?」
「何故って…貴方は彼を守りたかったんでしょう」
ランディは淡々と言った。
「殺さねばならぬ理由があったのでしょう。偉い人には色々とやる事がある…と父が言っておりました」
ライオネルを生かし国王の下に連れていき、周りの領主の面子を丸潰しすれば、周りの領主から恨まれる。
通行税を倍にされたり、旅人や商人を関所で問答無用で追い返し、魔石の流入を制限されたらたまったものではない。
実際の所は、ライオネルを救いたいと言う流れ者の平民に騎士や衛兵が樫の棒にて打ち負かされた。という事実が王都中を駆け回り、周りの領主達の溜飲は下がっていた。
リディアは声を少し荒立てた。当然だ、領地が不利な状況になる所だったのだ。
「なら何故!…邪魔をした」
「死ぬべき男ではないと思ったからです」
リディアは何も言わなかった。ランディは続ける。
「私は彼を生かしたく、後から聞きましたが…あなたの言い分も理解できた」
リディアは黙って頷いた。
「私には譲る気はありませんでした。なら、戦って決める他ありません」
父の所にいる潔白さに拘り、それを押し付ける連中とは違う。とリディアは思った。だが、リディアはうっすらと笑い、意地悪く言った。
「私がお前を殺せなかったのが悪いと?」
「そうです」
リディアは笑うしかなかった。意見が通らなければ死ぬと言うのは、グレゴールの所にいる『潔白堅物』な臣下達より始末が悪いのではないのかと思った。
だが、事情を説明すればある程度理解を示す柔軟さも持っているように思えた。それに他人に意見を押し付けるような人間でもなかった。
腕も立ち、囚人でありながら牢屋役人に好かれる人格の男を仕えさせる事が出来れば、自分が『陰謀と政治を好む奸臣女』と陰口を言われる事も無くなるのだろうか。とリディアはふと思った。
そう思うとリディアは口にしてしまった。
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