1章-11話「負けの先は死ではない」
ランディが牢屋に入り、2週間かそこらすると牢屋番の衛兵がランディを外に連れ出した。
ランディは牢屋役人の休憩室に連れていかれた。そこにはグレゴールがいた。
グレゴールは休憩室の粗末なワインを飲みながら言った。
「ライオネルの罪は不問に処され、国法も改定されるだろう…。彼は領地を没収されるだろうが、死罪にはならない」
ランディは何も言わず頷いた。
「ランディ、お前に打ち据えられた衛兵たちはお前の事を許すそうだ」
初対面、それも高貴な身分の人間に名前を呼ばれたことが無く、ランディは驚いた。流れ者が名前を覚えられる事などあまりなかったのだ。
ランディを知っている貴族はマリントレイル村付近を治めるリューズ男爵だけであった。
「リディアーナの事は…恨まんでくれ。お前が彼を連れてきた事、感謝する」
ランディはリディアの事を思い出した。まぁ、彼女にも何か考えている事情があるのだろう。ランディには彼女が悪意から人を殺す人間には思えなかった。
「今日で釈放だ…ランディ、いつまでそんな生き方をするつもりだ」
ランディは即答ではっきりと応えた。
「負けるまで」
グレゴールは心の中で「なるほど、かなりの無頼漢だ。このままでは20歳にもなれず死ぬだろう」と考えた。グレゴールはさらに続けた。
「負けの先は死だけではないぞ?」
グレゴールはエリシアの軍に包囲され捕虜となった事を思い出した。屈辱の日々であった。部族の民の命を救うために名も捨てた。だが、その日々がグレゴールにある程度の分別を与えた。
ランディは不思議そうな顔をした。グレゴールはそれを見て笑った。グレゴールも若い時、山の民としてオルマンド領の徴税所を襲い続けていた。
その時は、自らが負けても死ねないとは思ってはいなかった。グレゴールは心中に思いを沈めて言った。
「ライオネルの行いを私は称賛している。それを助けたお前に『個人的』な礼をしたい。望みはあるか?」
ランディは少し悩み言った。
「同じ牢屋にカラムという男がいました。その男を出してやれませんか?」
「ほう?何故だ?」
グレゴールは眉を上げて首を傾げた。
「魔術医師だそうです。村には医者が居ません。彼に村で働きながら、私も魔術医療を教えて欲しいのです」
「なるほど…。釈放の手配は出来るが村で働く事までは強制できんぞ?」
ランディは首を振りながら言った。
「いえ、彼は来ます。義理堅い男に見えました」
グレゴールは村の為を思ったランディの事を気に入った。ライオネルの事もそうだが、役人から牢屋での態度も聞いており、それも気に入ったのだ。なにせ牢屋役人が牢屋で働かせる様にと提案する程だ。
この様な男を雇いたいものだとグレゴールは思った。流れ者で、従士にしか出来ないのは残念だった。
長男のグレイシスは民からの信も厚い。魔術の才能も傑出している。だが、勇猛な性格で体が弱いと言う早死にしそうな性格で、とても領地は任せられない。
となるとこの領地を継ぐのは実質的にリディアだろう。それに、長男と違い人を率いる才能もあった。
長女のリディアはどうであろうか?政治や陰謀に入り込みすぎるという所があった。確かにリディアの周りには上昇思考があり、優秀な人材が集まってはいる。
それだけでは無い。政治や陰謀だけでは民を率いる事は出来ない。
だから、妻であるエリシアは山の民の命を人質に自分を伴侶としたのだ。この年になってようやくグレゴールにはそれが分かった。
死後、自分の所にいる騎士・従士達はリディアに従うだろうか。なにせ山の民からの付き合いの者もいる。
グレゴールは考え続けた。
ランディの様な男はどうだろうか。無鉄砲すぎる所はあるが、あまり人嫌いするという性格でもなさそうだった。なにせ、囚人とも仲良くできる男だ。
どっちにしろ領主は「従士」を自分で見つけなければならないのだ。
それにリディアも陰謀や政治では人が着いてこないという事を理解するだろう。
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リディアの目の前にはマリントレイル村を納めるリューズ男爵がいた。おもねる様な表情を浮かべていた。当たり前で、男爵が公爵令嬢に謁見する事などないのだ。
リューズ男爵は伯爵家の3男を騎士団長として『押し付け』られている。150人の兵士を雇う金をその3男に与えている。その男は給金で兵を雇う事なく、街で浪費を続けている。
マリントレイル村付近のリューズ男爵の領地は10人前後の騎士と、20人の兵士で運営されていた。
こういった不正がこの国では横行していた。
父の様に首を跳ね飛ばせば解決するが、それは禍根を残す。時間のかかる正当な手続きで解決するしかなかった。
「それで、『あの』伯爵家の件で?」
リューズ男爵は伺う様な目でリディアに言った。
「私に首を跳ね飛ばせと?」
リューズは首を振った。その顔にはあきらめの表情が浮かんでいた。
「それは理解している。私が今日読んだのはランディの事だ」
リューズは頷いた。真面目そうでクマのある表情でリディアを見つめていた。
「名前と仕事ぶりは知っていますが、会った事はありません。流れ者ですから」
リューズはリディアの意図を察したのか、淡々と続けた。
「ひたむきな男だと、思います。そういう働き方をします」
「会った事も無いのに分かるのか?」
「報告書を見れば」
リューズは薄く笑った。当たり前だと言われている様にリディアは思った。
「なぜ会わなかった?」
「会えば男爵など辞めたくなると思ったからです」
リディアには言葉の意味が理解できなかった。理解できずただ黙っていた。
「いずれ分かります。この年になると生きていることが恥ずかしくなる様な人間に会う事もあるんですよ」
リディアはリューズの言葉をただ聞いていた。相変わらず意味は分からなかった。
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