1章-第9話「父と母の異常な関係」

ライオネル騒動の対処が終わると、リディアは母であるエリシアの寝室に呼ばれた。


「騎士が流れ者に負けるとはな」


リディアは顔を上げた。母であるエリシアが冷たい目でリディアを見ていた。


「母上も山の民如きに負けたではありませんか。何人の兵を無駄に死なせたのですか?」


リディアは母が山の民であったグレゴールに負け続けた事を知っていた。


「如き?父の事を言っているの?」


エリシアの目がひと際鋭くなった。山の民の命を人質にして伴侶とした割に、エリシアは父であるグレゴールの事を溺愛していた。


「訂正しなさい」


リディアが睨みつけ黙ると、エリシアは怒鳴った。


「訂正しなさい!!」


リディアは母に反抗したのはこれが初めてだったので、驚き思わず訂正してしまった。


「母上も父上に負けたのではありませんか」


オルマンド家に多大な武功をもたらしたとはいえ、溺愛ぶりは異常と思えたのだ。監視と言っても良いほどエリシアはグレゴールのそばにいることが多かった。


「2000人に1万の兵を動員してですか」


「でも勝った」


「敗軍の将を伴侶とした」


「…山の民の英雄よ。王族の出来損ないを夫にするよりは」


「山の民如きを領主にさせたと、国中の笑い物ではありませんか!!」


リディアが語気を強めるとエリシアもまた語気を強めた。


「その言い方を辞めなさい!」


「叔父上を領主の座から引きずり下ろす価値があったと!!」


リディアは古参の臣下たちが言う言葉をリディアは言った。


「騎士学校の出来損ない共が言っているだけよ!!」


エリシアは鬼の形相を浮かべてリディアに歩み寄った。


リディアは黙った。確かに騎士学校の生徒以外で父をバカにする人間は居なかった。


その場でいがみ合う騎士たちが父の指揮の下にあった時だけ団結をした。父の下にいる兵士・騎士は皆が精強であった。


なぜ、自分の元にそんな騎士がいないのか。エリシアもまた、幼い時から自分に父の様に振舞う事を要求した。


リディアは淡々と疑問を語った。


「なぜ、父上をそこまで…」


エリシアは答える代わりに遠い目をして言った。


「あなたは兄と違って、父の血は継がなかったのね」


いつの日かエリシアは、それを諦めたのかリディアにこの言葉を言うようになった。リディアは何度も言われた言葉に辟易しながら言った。


兄であるグレイシスは魔力の才があり、勇猛な性格をしているが身体は弱かった。陶器の身体に虎狼の心と母はよく言っていた。


そう言われる事を兄は気に入っていた。生来生まれ持った体の弱さを恥じる事をしなかった。そういった所も、父と似ている所であった。


自分にはそこまでの快活さは無い。


エリシアは間を置いてゆっくりと言った。


「私の血が濃いわね…」


エリシアはリディアの後ろを見ていた。


「あなたに苦労をかけるわ…人の心を掴むのは普通の人に出来る事じゃないから…」


リディアは背中に冷や汗が伝うのを感じた。今までの母の言っていた言葉の意味が理解できた様な気がしたからだ。リディアは頭の片隅にすべてを追いやった。


「なぜ、あの男を殺さなかったのですか?」


「グレゴールが悲しむからよ」


安心したような不思議な気持ちにリディアはなった。


「…… そうですか」


「あのような人間は久しく見てないわ」


エリシアは何かに気付いたのか部屋の外に出た。リディアは椅子に腰掛けた。


寝室にはエリシアとグレゴールが二人で立っている肖像画があった。エリシアが描かせたのだろう。


「何をしていたの!!」


廊下でエリシアの甲高い怒鳴り声が聞こえたと同時に、エリシアがグレゴールを引っ張るように連れて来た。


「流れ者が出たと聞いたのでな、見に行った」


エリシアは強くグレゴールを睨むと言った。


「そんなもの臣下たちに任せなさい!!!」


それを見てリディアは言った。


「貴族でここまで愛し合うのも珍しいです。いい加減、父上と母上の話を聞かせてください」


グレゴールは鷹揚に笑った。


「まぁ、久しぶりに3人で寝るか?長いぞ…この話は」


グレゴールはにっこりと笑い、寝間着に着替えた。戦場の癖なのかグレゴールの着替えは早かった。


「リディアも大きくなったからな、狭いだろ」


そう言い終わる間もなく、エリシアがベットに腰掛けたグレゴールの首を両手で掴み魔力を流し始めた。


グレゴールの身体に光る魔方陣が浮かび始めた。


「母上!」


エリシアは何も言わなかった。


グレゴールは言葉にならない悲鳴を挙げて、エリシアに辞めるように懇願していた。


初めて見る父の表情だった。


魔方陣の光が強くなった。グレゴールの悲鳴が強くなった。エリシアはグレゴールの口を押さえつけた。


グレゴールが苦しそうに息をしながら、目をつぶり眠った。


「…今のは?」


「記憶は無くなる」


「そうではなく!家族に…」


「こうでもしないと私の言う事など聞かない時がある」


リディアは何も言えなかった。


「私はグレゴールを愛している…同時に恐ろしい」


「あなたの父は英雄よ」


リディアは何も言わずに頷いた。


「私はサラディンであった時の父と対峙した…どの兵も命を顧みず、サラディンの戦斧は一振りで10人の歩兵を殺す」


リディアは父が戦っている所を見た事が無かった。


「恐ろしい事だった。私の眼前まで迫った時、死を覚悟した」


エリシアはため息をついた。


「捕虜とした時、王族よりこの男を夫にしたいと思った…殺し合いを知らない小娘が、冷酷な蛮族を従えさせられると思うか?」


エリシアは苦痛で呻くグレゴールを愛おしそうに撫でた。


「道理に合わない事があると、人質の命すら顧みず怒る…戦になると父を抑えられない、だから紋章を」


エリシアは鎖骨のあたりを見せた。


「激痛だったのだろうな、刻んだ時暴れて骨も折れた」


エリシアはリディアの手を掴み呪文を唱え始めた。不思議とその呪文は簡単に理解できた。


「私はもうじき戦えなくなる。ハルバードすら重く感じる様になった」


「戦の時、父を止めてくれるか」


「なぜ私に、兄上では…」


「グレイシスは止められない。勇猛ではあるが戦人ではない」


リディアは苦しそうに寝息を立てるグレゴールを見た。幼い時、父が戦斧で巨石を断ち割った事を思い出した。


あんな化け物を私が止められるのか。リディアは息を飲んだ。

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