1章-第8話「娘と母」

リディアはライオネルと馬車に乗っていた。グレゴールが外で町人達と話し終わるのを待っていた。


ライオネルが独り言の様に「グレゴール様は人と話すのが好きだな」と呟いた。リディアは何も言わずに頷いた。


「民は苦しんでいる。この国は酷いものになった」


リディアは突然の問いかけに驚いたが、毅然とした態度で言った。


「そうです。役人たちの不正も酷いものになっています」


ライオネルは友に話しかけるようにリディアに言った。


「グレゴール様の領地は比較的良いけどね」


「不正をしても父に首を切られないと分かって、汚職を働く者がまた増え始めた」


リディアは溜息をついたのを見て、ライオネルは言った。


「役人たちが不正をするのは制度や法が悪いとは思わないか?リディアーナ様」


制度が悪いと言ってもそう簡単に変えられる物では無いだろうとリディア思った。


「不正をするものが法を守ろうと躍起になる。そう簡単に変えられない。ましてや、我らがオルマンド家は政治が弱い」


「法は民を守らず、悪人を救う」


ライオネルがそう語ると、リディアは顔を上げた。心の何処に染み込んでくるような言葉だったからだ。 


ライオネルは言葉を続けた。


「国を立て直すより、壊して新しく作った方が良いと思わないか?」


リディアもその通りだと一瞬思ったが、テオドラ王国で200年間公爵家の地位を維持してきた血がそれに賛同する事は許さなかった。


「冗談としても度が過ぎているぞ。ライオネル卿」


「君もそうは思わないのか?」


「私はオルマンド家の長女よ…国あってのオルマンド家、それを理解しているでしょう」


ライオネルは諦めたような溜息をついて笑みを浮かべた。惹かれてしまうような笑みであった。


---


ズタ袋をかぶせられたランディは、しばらく歩かされた後、どこかの部屋で座らせられた。ここまでか、とランディは思った。


「首はマリントレイル村のデリックまで頼めるか」


「殺すかバカ」という声と共に衛兵がランディの頭を叩いた。


ずた袋が取られると、ランディは女と目があった。中年くらいであろうか、どことなくリディアに似ているとランディは思った。


ベッドから女が上体を起こしランディを見つめていた。白い薄手の寝間着を来ていた。


死ぬと思っていたランディはポカンとした顔で女を見つめていた。


後ろの兵士がランディを叩いた。


「目の前にいる方はエリシア・オルマンド様だ」


ランディはピンとこない。ライオネルがなんか言ってたなと思ってたくらいだった。


「はぁ」


エリシアはただランディを見ていた。


「夜更けに衛兵を叩きのめして回った男に興味がありましてね」


兵士達が部屋の外に出る様にエリシアは目配せをした。全員が部屋の外に出るとエリシアは語りだした。


「なぜ、ライオネル卿を助けたのですか?」


ランディは首を傾げた。


「助けてはいませんが」


エリシアもまた首を傾げた。


「…ん?」


ランディは堂々と話を続けた。


「助けたいのなら、ここには連れてきません…どうやら正式な裁判を受けたかったようでして、ここに来れば何とかなると思いました」


エリシアは表情の無い目で頷いた。


「…そう」


「私の娘と戦ったそうね」


ランディはバツの悪い気持ちになった。他人の娘を棒でぶん殴ったら怒られるのも当然かと、ランディは甘んじて責めを負う覚悟を決めた。


「あの方にも何か事情があったのでしょう。まぁ、彼をその場で殺すのは違うと思いました」


「それで?」


「私を倒して押し通って貰うほかありません」


「…その騎士たちは負けたと」


エリシアは「情けない話ね」言うと、ベッドから起き上がり、壁に飾ってあった剣を取った。


エリシアはランディを殺す事に決めた。他愛もない男であったら生かすつもりであったが、そうではなかった。豪傑としか思えない男であった。


「あなたのやったことはオルマンド家の立場を危うくするものよ」


ランディはエリシアが抜いた剣を見てぼんやり「名刀だな」と考えていた。ここで死んでしまうのは仕方が無いと覚悟していたからだ。


「はぁ…」


エリシアはランディの首筋に剣を突きつけた。薄く血が流れ始める。エリシアはグレゴールと違い、謀略や暗殺を多用した。


グレゴールは暗殺や策謀にとやかく言わなかったが、自らも手を汚すことをエリシアに求めた。


流れ者とはいえ、反乱の目があると思える人間は殺さなければならない。ライオネルと反乱を企てている疑いもある。ライオネルはいずれ始末しろと『聖光庁』に言われていた。


これほどの豪傑を殺したとあってはグレゴールは怒るだろう。しかし、自らの手で首を切り落せは、グレゴールも自分の覚悟を理解するだろう。夫に対する礼儀の様な物であった。


エリシアは剣を振り上げた。


ランディの目は揺るがなかった。そしてゆっくりと言った。


「あいつを殺して、賊が消えるのか?人があっての国ではないのか?」


強い目だった。自らの行動を疑っていなかった。


エリシアは首を落とそうとしたその手を止めてしまった。


代わりにエリシアは若き日のグレゴールを思い出した。


山岳遊牧民の長であったグレゴールと同じ目であった。民の為と言ってオルマンド領の徴税所を襲っていた若き日のグレゴールと同じだった。


最終的には、故郷の名を捨てさせ、『グレゴール・オルマンド』という名前にさせた。そして伴侶とした。


それを思い出すとエリシアはランディを殺せなかった。


エリシアは剣を下げた。ランディは言った。


「なぜ殺さない、慈悲のつもりか?」


「何故怒るの?命拾いしたのに…」


ランディは口を噛みしめた。理由を語る言葉を持ち合わせていなかった。


エリシアはそれをみて微笑んだ。そういった所も若き日のグレゴールそっくりであったからだ。


エリシアは剣を鞘に戻し、元の場所に立て掛けた。


ベッドに座りながらエリシアは言った。


「私の娘は強かった?」


正直に言ってしまえば、立ち会った瞬間にあまり強く無いと言う感想をランディは持った。どちらかと言うと実戦の間を知らない事による経験不足だろう。


「経験不足です。棒で構いませんので、全力で打ち込んで来る人間と立ち合い続ければ、すぐに私より強くなります」


ランディがそう言うとエリシアは笑った。


「公爵令嬢に全力で棒を叩き込むのは貴方くらいよ」

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