1章-第5話「敗北」

リディアは暫く起き上がれなかった。共回りの騎士達がリディアを起こした。


「…申し訳ございません…この様な事が…」


騎士は苦しそうな表情で言った。どこかの骨が折れているのだろう。


騎士が流れ者如きに負け、領主の娘を守りきれないというのは騎士にとっての恥である。


リディアはそうは思わなかったので、これ以上は騎士には喋らせなかった。


「構わない。あれは常人ではなかった」


密偵の女が嗚咽の声を出しながら、地面に鼻血を勢いよく垂らした後言った。


「恐らく奴らは村で馬を手に入れます。向いましょう」


密偵がリディアに告げた。鼻血が出た後と青痣が顔にあった。その顔には怒りがあった。


リディアは密偵を自分の後ろに乗せ村に向かった。


暫く走った後、後ろで密偵の女が泣いているのを感じた。 


リディアは母が作った密偵団の指揮も行っていた。


身分や性別、元の仕事を問わず、才能ある者をリディア自らスカウトしていた。


教育や資金も惜しみなく施していた。望む教育は出来る限り与えていた。貧しい生活をしていた者の中にはリディアに親以上の感謝をしている者も多いだろう。


その人間を守れなかった。その悔しさはどれほどのものであろうか。


女のすすり泣きの声が強くなった。リディアは後ろから手を繋いでやった。


無力感が4人の間に流れた。


苗字も無い流れ者に4人がかりで負けた。


リディアは拳を握りしめた。自分の部下は忠誠心高くよく働いてくれている。


父の所にいる騎士たちの中にはランディの様に人間離れした人間もいる。なぜ自分の所にも母の所にもいないのか。自分の器のせいなのか。


自分のも幼い時から訓練を続けて来た筈だった。流れ者風情に負けるはずなど無い。


負けた理由が分からない訳では無い。ランディの動きは殺し合いの動きだった。騎士としての訓練で習う様な物では無かった。


殺し合いの中で磨かれた武芸、だからと言って万全に武装した騎士が負けてよい物か。


リディアは叫びたい衝動に駆られた。


村に着くと村長の家に向かった。村長は村に入った時には家から出てこちらに向かって来た。


村長は手を前に出し三角形を作り、軽く頭を下げた。貴族に対する礼儀作法だった。


「ランディですかな」


リディアは何も言わずに頷いた。


「馬に無理やり乗って走り去りました」


「なぜ止めなかった!」


供回りの騎士の一人が怒鳴った。村長はそれを聞いても委縮せずに言った。


「来る日も来る日も、野盗を打ちのめして回っている男を止められますかな」


村長は表情の無い目でリディアたちを見た。


「私には出来ませんな」


リディアは拳を握りしめた。案にお前も負けたんだろと言われている様にしか思えなかった。


「貴様はオルマンド家の娘を殴った男を、見逃したのだぞ!?」


村長は騎士の罵声にも怯まなかった。


「あの流れ者は村にとって価値がある」


その場にいた全員が黙り込んだ。不敬な言葉であった。


「無礼者!」


騎士が村長を平手で叩いた。村長が膝をついた。騎士が剣を抜こうとしたところをリディアは止めた。


「虚しいだけだ。その老人を切って何になる」


村長がゆっくりと立ち上がり表情の無い目で言った。


「グレゴール様直轄の街に行くとも言っておりました」


リディアは村長に礼を言い立ち去った。


1、2時間ほど馬を走らせた。


「領主の娘はあの村にとって必要ないみたいね」


リディアは言葉を反芻した。


元々この国で、民の為に賊徒と戦おうとする騎士は少なくなった。


テオドラ国王軍も、オルマンド領の軍も精強さを失っていた。貴族達が子弟をコネや賄賂で軍の役職に就いて、そこから得られる権益を用いて金を稼いでいた。


オルマンド領で精強な軍は父が直轄している5万の軍だけであろうか。父はこれ以上の軍を持つことをエリシアからも国王からも認められていなかった。


それは、国中の貴族が父の戦を恐れている事の証明であった。


王都の騎士学校では、誰にも負けない武術を身に着けて筈だった。それが、流れ者風情に負けた。これを父に言えるものか。


リディアは拳を握りしめた。


待ちに着くまでの間、誰も何も喋らなかった。


街の門では衛兵が蹲っていた。近くには吐瀉物のようなものがあった。リディアが声を掛けると衛兵は勢いよく立ち上がった。


「リディアーナ様!ライオネル様が中に…」


リディアは溜息をついた。


「捕まえてはいないと…」


「申し訳ございません」


リディアは門を開けさせた。町人たちの熱気を感じ、この事態に収拾がつくとは思えなかった。


「この熱気がこの国への不満を表していると思うか?」


リディアは供回りの騎士に聞いた。


「民の不満もいずれは消えます。我々が良い政治を行えば」


「そうだな、その通りだ」


当たり前の言葉を騎士は言った。その当たり前は出来るものではない。


父であるグレゴールは一度だけ政治に口を出した事がある。不正を働いた10人の領主の首を切り飛ばしのだ。


母であるエリシアは手続きも法も何も無い蛮行に激怒し、2年間グレゴールを半ば幽閉した。


流石に堪えたのか、グレゴールはそれ以降政治に口を出さなくなった。


リディアには父のような苛烈さによってのみこの国の腐敗を止めることが出来るのでは無いかと考えた。


政治への考えを止め、ランディに再戦するチャンスを思った。不思議とリディアの胸は高鳴った。

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