1章-第3話「リディアーナ・オルマンド」

リディアーナ・オルマンドはライオネル・エドモンドを追っていた。


リディアーナはテオドラ王国にある3つの大領主の内のオルマンド家の長女である。


親しいものは彼女をリディアと呼んでいた。


ライオネルはリディアの父であるグレゴールに忠誠を誓った騎士である。


ライオネルは、テオドラ王国の悩みの種であった魔族と人間の略奪団を討伐した。2000人の義勇兵を率いてであった。


ライオネルはオルマンド家の領地と他の大領主の略奪団を倒し民を守った。


ライオネルとオルマンド家は民を守る英雄として評判を高め、他の2つの領主達のメンツは潰れた。


この国で指揮系統外の武装した人間を500人以上集めるのは違法であり、国王の許可なく500人以上の軍隊を率いるのも違法であった。


ライオネルは賊徒を討伐した後、処罰される事を恐れて、逃亡していた。


今、ライオネルが追われている理由はこれである。


グレゴールを贔屓している国王はライオネルが民を守った英雄として罪を不問とするだろう。


そうすると他の大領主たちのメンツは潰れ、政治が下手なオルマンド家は集中攻撃をされる。


父であるグレゴールは、オルマンド家が征服した山の民の大首長であり、貴族の血など入っていなかった。


母のエリシア・オルマンドが婿としてオルマンド家に入れたのだ。


政治が下手という以前に、貴族の血が全く入っていないグレゴールが領主な時点で政治的不利な立場であることは自明の理である。


しかし、オルマンド家はグレゴールの武功さえあれば、過分な政治など不要と言う立場を取り続けていた。


リディアにはそのスタンスが理解できなかった。


ライオネルは裁判に出さず誅殺し、他の領主たちの顔を立てるべき。だとリディアは考えていた。オルマンド家に仕える半分の領主たちはその意見に賛成していた。


リディアは会議でそう主張した。父であるグレゴールの臣下達はそれを聞いて「卑怯者でとてもグレゴール様の血を継いでいるとは思えない」と激怒した。父はそれを宥めたが、ライオネルの誅殺には反対した。


裏では「女風情が政治に口を出すな」と陰口も言われていた。


しかし、母であるエリシアは、ライオネルを誅殺するように言った。母の口ぶりは『別の意向』も含まれていた。恐らくは王都からなにやら指示を受けているのだろうとリディアは察した。


元より、オルマンド家で政治を担っているのは、貴族の血を継いでいるエリシアであった。


リディアにとって、山の民であり貴族の血が入っていないグレゴールが民や騎士から尊敬されているのは納得しがたい事であった。


そして、山の民の血が入っている自分の身さえ憎らしいと思う時があった。


リディアは昔から訓練を共にした騎士たちを連れて、ライオネルを自らの手で誅殺する為に家を出た。


オルマンド家の政治的立場が弱い事を理解せず、義理や人情やら騎士として誇りやらで動いてさらに事態を悪化させる直情馬鹿の家臣共は罷免するべきだ。といった愚痴を供回りの騎士にこぼした。


ライオネルが逃げ込んだと言われるマリントレイル村の付近に着くと先に下見に行っていた密偵の女が言った。


「この辺りには『棒鬼』と呼ばれる流れ者が、賊を倒しています。名前はランディだとか。もう捕まっているかもしれませんね」


「…流れ者か」


リディアは流れ者をあまり見たことが無かった。定住すること無く何かの技術を提供して路銀を稼ぐ事は知っていた。


そういえば、子供の時に街に来た旅芸人を見に行ったな…とリディアは考えていた。


「狼煙ですね。行ってみましょう。この先です」


密偵の女が言うとリディアは馬を走らせた。


狼煙の近くで、ライオネルが縛られているのをリディアは発見した。近くには棒を持った男が立っている。あれが『棒鬼』だろうとリディアは思った。


何やら二人は親しげに話していた。


馬を走らせ、2人の近くで止めた。ライオネルはリディアを見ると自分を殺しに来た事を察して下を向いた。


『棒鬼』は精悍な顔つきをしていた。夕暮れのせいなのか目の光が強かった。強すぎるほどだった。思わず何か反応してしまいそうになったが、リディアは感情を抑えた。


手製の革籠手に麻の私服だけであった。年は自分よりも少し若い位だろうかとリディアは思った。


貴族を見ても身動ぎ一つせず、悠然とリディアを見つめていた。


リディアは馬を降り剣を抜こうとした。ライオネルが目を瞑った。


その手に棒が置かれた。


供回りの騎士たちに緊張が走ったのをリディアは背中越しに感じた。


リディアは男を切ってしまおうかと思ったが、辞めた。容易く勝てるとは思えなかったからだ。


男は顎に手を置いて一瞬何かを考えた後言った。リディアの目を見て言った。


「言葉は不要ですなぁ」


真っ直ぐな目だった。リディアに言葉の意味は理解できた。「彼を殺したければ押し通れ」と言う意味だ。


自分を含めて3人の騎士が近くにいるのにも関わらず、あまりに豪気すぎる発言だった。


父の所にいる口先だけ豪気で理想を語る臣下達とは違う人種だとリディアは思った。いや、父が山の民であった時からの臣下たちと同じ人種だろう。


あまりに豪気で心のままに生きていた。


リディアは剣を抜いた。男の棒が消え、右手に激痛が走った。剣が地面に落ちている。


樫の棒なのにも小手の防御を衝撃が貫通していた。


剣に目をやった隙に供回りの騎士の一人が吹き飛んでいた。男はあり得ない速度で動いていた。


剣を拾った時には馬上の騎士にも棒が叩き込まれていた。破裂するような音とともに棒が割れた。木くずが宙を舞うのをリディアは見た。


常人では無い。リディアはそう思ったが、男が素手になった事を確認すると左手で剣を持ち、振り下ろした。


男が消えた。


左足に痛みが走った瞬間、リディアは宙を舞っていた。


昔なじみの密偵の女が茂みから飛び出して来ていた。


目を開けると女の顔面に肘が叩きこまれていた。


男がライオネルを担ぎ山中に飛び込むのが見えた。

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