カテゴリ2 血染めの世界。殺戮の天使

「……ていう事が、あったわけなんすよ。どう思いますか? ふーちゃんせんせー」


 モモノと別れた後、俺は真っ直ぐと町へ歩いて行った。先程まで確かに寒いと感じていたはずの外の空気もアイツと別れてからは何も感じないくらいに俺の頭の中はアイツでいっぱいだった。


 なんで、あんなに言われなければならないのか? 1人不満を募らせながら商店街の近くまでやって来ると、またしても聞き覚えのある声。


 今度は、自分よりかなり歳の離れた人の声だ。


 それも下に……。


「新年早々からどうしたのでおじゃる」


 この特徴的なおじゃる口調。どっかのアニメに出てきそうなすげぇ強烈な語尾。


 こんな意味不明な言語を話す知人なんて1人しかいない。


「ふうちゃんせんせー……」


 フリフリのスカート、下ろした髪の毛、まだ垢抜けてない純粋無垢な可愛い面立ち、小動物のような守ってあげたい顔、ここにランドセルがあれば完璧なくらいに小学生女子な見た目をしたウチのクラスの担任の田村フーコ先生である。


「ふうちゃんは、よすのだ。ここでは普通に先生って呼んでほしいでおじゃる」


「いやぁ、つい。だって、ふうちゃん先生は、やっぱふうちゃん先生だし?」


「意味がわからないでおじゃる」


 と、若干話が逸れたところで、ふうちゃんせんせーが腕を組んだ。


「それより、これから何処へ行くでおじゃる? また悪い事でもしに行くんじゃ……」


「いや、俺はタケルじゃないし、そこまで悪じゃないですよ」


 まぁ、タケルもオシャレヤンキーだし、実際そこまで悪い奴じゃないんだが……。


「じゃあ、なんでおじゃるか? こんなに寒い日にわざわざ外出るなんて……家にいた方が絶対良いでおじゃろうに」


「ただの散歩ですよ。ただ、あてもなく彷徨っているだけです。せんせーこそ、こんな所で何をしているんですか?」


「パトロールでおじゃる。元旦といえど、教え子達の安全を少しでも見守ってあげたいからの」


 少し面倒くさそうにふーちゃんせんせーは、俯きながら髪の毛を手でクルクル巻きながら話していた。「はぁ」という溜め息が、俺の心を刺す。おそらく年末年始の仕事当番を若手だからという理由で押し付けられたのだろうか。


 元旦から仕事だなんて、しかも生徒のためを思ってこんな事を引き受けてくれるなんて本当にいい先生だ。


「……って、そう言えば去年の12月からずっと休日外いません? 俺、毎週会っている気がするんすけど」


「それは、言ってはいけないお約束というやつじゃぞ。コタローよ」


 すいません。せんせー……。大人の事情って怖い。


 と、思っていると……。


「ふむ。しかし、どうも浮かない顔をしておる。よもや、吉備と喧嘩でもしたか?」


「なんで、モモノって……」


「顔に書いておる。其方は分かりやすいでおじゃる」


 マジか。タケルも凄いけど先生も凄い。さすがだなぁ。


 その後、俺はふーちゃんせんせーに事情を全て話し、今に至るというわけであった。


「あの吉備が、そこまでお前に腹を立てるなんて正直想像もつかないでおじゃる。そもそも其方達は、昔から仲の良い家族同然であると聞いておるが……」


「俺もそのつもりだったんですが……」


 高校へ上がってからというものモモノは、ずっと俺に対してあの調子だ。俺に恨みがあるのか? 俺が無意識に何かまずい事でも言ってしまったのか? いや、そんな事を言った覚えは全くないが……。


 そもそも家族に対してそんなに酷い事は言わないのが、俺の主義のはずだが……。


「俺、もしかして家族だと思われてないのかな? いらない居候のお荷物だと思われてる?」


 しかし、それに対してふーちゃんせんせーは、首を横に振ってくれた。


「それはないでおじゃるよ。いくら其方らに血の繋がりがなくとも共に何十年も一緒に暮らしてきた。それはもう家族じゃ。吉備だってお主に出ていって欲しいとまでは、思っていなかろう。現に、これまで出て行けと言われた事はないでおじゃろう?」


「そりゃないけど……」


「ふむ。やはりそういう事じゃよ」


「そう言う事なのか?」


 自信はなかった。内心では邪魔者くらいには思っていそうである。けど、ふーちゃんせんせーが俺を慰めようとしてくれている。その事実だけが、胸にじんわりと来るものがある。


 やっぱり年長者は違うなぁ。しっかり生徒の心のケアをしてくれる。こういう余裕のある大人に俺もなりたいものだ。


 後は、せめてもう少しくらい背が高くて大人の魅力のある女性だったら……。いや、まぁないものねだりは、この位にしよう。


「なんじゃ?」


「い、いやッ! 何でもないですよ!」


 こえぇ……。マジに心読んでくるじゃんこの人……。いや、マジか。これまでで一番、鳥肌が立った瞬間だったかもしれない。流石は、俺達の担任教師。担当生徒の事は、何でもお見通しか。あーなんか、温かい格好しているはずなのに急に寒くなって来た。


「俺! そろそろ行かないと」


 咄嗟に走り出した俺にせんせーは、開きっぱなしになっていた口を閉じて呼び止めようとするが、時既に遅し。


「あっ、これ! 待つのだ!」


 既にせんせーは、かなり後ろの方に見える。……危ない危ない。あの「のじゃロリせんせー」は、一度怒りだすと色々と面倒なのだ。普段は、生徒想いの良い先生なんだけどねぇ……。


 それにしても……気分転換に町まで来てみたけど、そもそも今日は元旦だしお店とかも全然やってないんだよなぁ。人の姿も全然ないし……。


「しまったなぁ。これじゃあ、時間を潰せない」


 辺りをキョロキョロ見渡してみても、何処も張り紙がされてあってダメそうだ。それこそ、カラオケでも入ろうかと思ったが、新年早々から1人カラオケというのも何だか気分が乗らない。


 適当に歩いて帰るか。


 それしか選択肢がない。何もする事がない。これぞ元旦なのだ。そう心に言い聞かせて俺は町を歩いた。


 神社帰りの人達や晴れ着姿で歩く若い女性達。そして、ハト。ハトハトハト……何処もかしこもハトがいっぱい。


 が、いつもよりやはり静かだ。まるで、時間が止まったみたいに……。



「あれ?」


 そう、それは突然起こったのだ。人々は歩みを止め、ハトは俺が近くまで来ても羽ばたかない。晴れ着姿の女性の袖は、まるでフィギュアのようにS字を書いた状態で固まっていた。


 どうしたんだろう? その時ふと、上を見上げた俺の視界に写ったのは、真っ赤な空。


 夕焼け? いや、違う。まだそんな時間じゃないはずだ。それになんだか、燃えるような夕焼けというより……


「血に染まったみたいに紅だ」


 不気味なくらい紅の空を見ていると、今度はやがて何かが降り始めた。ドス黒い何かだ。


「雪?」


 こんな黒い雪が降るなんて今年は、例年以上の異常気象。俺は慌てて建物の入り口近くまで向かっていく。


ここなら屋根の下で雪に当たる心配もないと思ってポケットからスマホを取り出したその時だった。


「──!?」


 俺は目の当たりにしてしまった。黒い雪に触れた途端、そこにいた人の指先が輝きだす。そしてまるで、海の泡のように姿も形も残らず消えていく。


「なんだ? なんでこんな事に!?」


 足が動かない。震えて力も入らず、その場から動けなかった。得体の知れない恐怖とは、この事を言うのだろうか。逃げなきゃという焦りと居ても立っても居られない恐怖が襲うのに足が動かない。


 やばい……。


 ──その時だった。


「粉……?」


 粉雪ではない。もっと割れたガラスの細かい細かい破片みたいにパラパラしていた。


 でも何処から? ガラスの割れた音なんてしていなかったはず……。


「え?」


 割れている。紅の空にヒビが入っていて、大きな穴が空いている。


「なんなんだよ? あれ……」


 いつから自分は、こんな異世界に飛ばされてしまったのか? いや、そもそもここは異世界なのか?


 足が動かない。くそっ! 逃げなきゃなのに……。


 目の前では止まってしまった人達が次々と黒い雪に当てられて指先から光の粒のように透けていき、消えていく。


「なんだあれ?」


 ぽっかり空いた空の穴。そこからラッパの音のような金管楽器の音色が鳴り響く。


「うっ……」


 なんだか、音を聞いているだけで気分が悪くなる。胸元に手を当てたまま視線を上に上げてみると、空洞となったはずのその場所に光が刺すのが見えた。中から何かが姿を表す。


 眩い光の中から白い羽が1、2、3……。


「8枚。それにあの頭の輪っかは……」


 天使──。光のオーラと共に血塗られた世界に舞い降りる。


「なんだよ。何が起きてんだよ……」


 急に現れた天使に俺の体は余計に動かなくなっていた。あまりの非日常にもうついて行けなかった……。


 天使が上からゆっくり降りてくる。上から下へ光のカーテンが伸びて降臨。その姿は、何処か美しさもありつつ、しかし不気味なオーラを醸し出している。ドス黒いオーラだ。


「天使……?」


 目が合った。そして、ゆっくりとこちらへ歩いて来る。



虚無空間ヴァニティ・スペースで動ける人間がいるなんて……。まぁ良い」


「て、天使……」


 その天使は、優しい微笑みを向けてくる。ミステリアスな雰囲気に中性的な顔立ち。振り上げた手の中に握られた剣が、その先に光が集まる。


 ──ヤバい!? 本能的に危機を感じた俺が咄嗟に逃げようとしたその時、天使の口元がいやらしく吊り上がった。


「そう。天使だよ。ただし、殺戮の天使」


 次の瞬間、解き放たれた光が一気に解放されてしまう。


 気づくより先に俺の足は地面を離れていた。体は台風を背に受けて、吹き飛ばされる洗濯物みたいに飛んでいく。


 地面に叩きつけられた俺は、痛みを堪えながら必死に立ち上がる。


「なんだよ。……なっ、なんなんだよ!」


 天使は、ゆっくりとこちらへやって来た。


「ふーん。これだけの攻撃を受けても平気だなんて……君、面白いね」


 次の瞬間、天使の手に持っていた剣先が俺の首筋を捉える。



 ──ていうか、いつの間にこんな近くに!?


「けど今度こそ、チェックメイトだ」


 天使の剣が降り上がる。勢いよくこの首が落とされそうになった直後──。


「へ?」


 金属と金属がぶつかり合う甲高い音がした。剣と剣のぶつかり合う音。


 いや、それより……。



 ──あの一瞬、俺が見たのは



「赤眼と……銀髪?」


 赤い目と合った時、微かに見た。今、目の前で天使の剣から俺を守ってくれている“少女”の姿。



「……モモノ?」


 なんで、ここにいるのか? なんで銀髪なのか? いや、その目はどうしたのか? 色々な疑問はあったが、それよりもまず言葉が出なかった。


 1月1日。この紅の世界に現れた彼女との出会いが、俺の人生を大きく変える事になるとは、考えもしなかった。

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