善か偽善か

白川津 中々

 彼女に弁当を用意してやった事は、恐らく正しかったと思う。


佐藤さとう。お前、飯は?」


 昼休みが始まったばかりの時間、隠れて喫煙をするために裏藪に入ると、担当クラスの生徒である佐藤がひっそりと身を屈めていたのだった。


「ダイエット中で……」


 その言葉が嘘である事はすぐに分かった。というより、彼女の家庭環境については既に把握していて、“そういう子供”なんだとずっと知っていたのだ。


「毎日ここにいるの?」


「あ、はい。おおむね……」


 力ない……惨めで哀れな人間が吐く、弱々しい声であった。

 俺は、一瞬間を置き、彼女と視線を合わせる。


「そうか。なら明日から3階端の空き教室に来い」


「え?」


「お前、成績悪いから補習組んでやる」


「……」


「分かったか?」


「……はい」


 翌日、俺は空き教室で佐藤に弁当を渡してやった。

 本来そうした特別な対応は禁止されている。学年主任からも「佐藤みたいな生徒に同情しないように」と釘をさされていた。しかし、腹を空かせている子供に手を差し伸ばせない人間に教師として働く資格があるのかと、そんな自問が、細く、肌も髪も荒れていた彼女を前にして繰り返され、見過ごすわけにはいかなくなってしまったのだった。


「これ、先生が作ったの?」


「あぁ」


「どうして? 私、ダイエット中だよ?」


「食わないのか?」


「……食べていいの?」


「食っていいから作ってきたんだ」


「……」


 俺は佐藤の嗚咽に気が付いていないという風にスマートフォンを操作する。

 彼女が食事をするのを待つ時間。俺は自身の良心と立場の間に悩み、誰かにこの場面を見られないようにと祈っていた。もしかしたらあらぬ噂が広がるかもしれない。その場合、俺の立場は確実に悪くなる。教師を続ける事が難しくなるかもしれない。打算的。そんな悩みを抱くのであれば最初から何もしなければよかったのにと、自分でも思う。だが……


「ごちそうさまでした」


「あぁ……」


 佐藤から渡された弁当はすっかり軽くなっていて、自己満足かもしれない、偽善なのかもしれない、注意勧告を受けるかもしれないという重さが、少しだけ肩から降りたような気がした。

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