第8話 大規模魔物災害

 突如として空が割れた。


 空に黒い稲妻のようなものが走り、そこから──魔物が溢れ出してきた。


 一体ではない。

 十体以上だ。


 A級が一体。

 B級が五体。

 C級が多数。


 大規模災害だった。


 緊急招集がかかった。

 ひよりとなぎさは、他の魔法少女たちと共に現場に急行した。


 現場は、■市の商業地区。

 夜八時過ぎ、まだ人通りのある時間帯だ。

 逃げ惑う人々。

 崩れる建物。

 叫び声。


 地獄絵図だった。


「──全員、市民の避難を優先! 魔物を近づかせるな!」


 神崎の声が無線から響いた。


 ひよりは頷いて、駆け出した。


 B級魔物が目の前にいた。

 四本腕の人型。


 ひよりは光の矢を放った。

 魔物の肩に命中する。

 怯んだ隙に、なぎさが炎の槍を投げた。


 しかし、魔物は倒れない。


 四本の腕が振り回される。

 ひよりは盾を展開して受け止めた。

 衝撃で腕が痺れる。


「なぎさ、援護!」


「わかってる!」


 なぎさが炎を纏った拳で魔物を殴る。

 魔物がよろめく。

 その隙に、ひよりが光の矢を連射した。


 ようやく、魔物が崩れ落ちた。


 息を整える暇もなく、次の魔物が迫ってくる。


「──きりがない……!」


 なぎさが叫んだ。


 その通りだった。

 倒しても倒しても、次が来る。

 多すぎる。


 そして──A級が、こちらに向かってきた。


 A級魔物。

 巨大な、四足歩行の獣。

 目が無数にあり、口からは毒のような煙を吐いている。


 ひよりは足が竦んだ。


 今まで戦ったことのない規模の敵。

 B級でさえ苦戦するのに、A級なんて──


「早月、檜原、下がれ!」


 神崎の声がした。


 振り返ると、神崎と兵士達が走ってきていた。

 手には──銃。

 対魔物用の特殊弾を装填した通常兵器。

 魔法ほど効果はないが、牽制にはなる。


 神崎の部隊が発砲した。

 無数の弾丸がA級魔物の顔面に命中する。

 魔物が怯んだ。


「今のうちに距離を取れ! 増援と合流して体勢を整えるぞ」


「で、でも神崎さん──」


「いいから行け!」


 ひよりとなぎさは、後ろに跳んだ。


 神崎は魔物の前に立ちはだかり、自分達も退避するタイミングを見計らいながら発砲を続けた。


 魔物が咆哮した。


 腕を振り上げる。


 神崎を、叩き潰そうとする──


 その時。


 黒い影が、横から飛び込んできた。


 小さな影。

 黒髪の少女。


 ぬいぐるみを振りかぶり、魔物の腕に叩きつけた。


「ドゥー」


 魔物の腕が弾かれた。


 桐生凛だった。


 凛は着地すると、すぐに次の攻撃に移った。


 魔物の懐に飛び込む。

 ぬいぐるみを振り上げる。

 魔物の腹に叩きつける。


「ドゥー」


 魔物がよろめく。


 しかし、A級は強い。

 すぐに体勢を立て直し、反撃してきた。


 巨大な前足が、凛を薙ぎ払おうとする。


 凛はぬいぐるみを盾にして受け止めた。

 衝撃で体が吹き飛ばされる。

 地面を転がり、壁にぶつかった。


「──っ」


 すぐに立ち上がる。


 ダメージはある。

 でも、まだ戦える。


 魔物が迫ってくる。

 凛は再び駆け出した。


「桐生さん──!」


 ひよりが叫んだ。


 凛は振り返らない。

 一人で、A級魔物に挑んでいる。


「援護する! なぎさ!」


「わかってる!」


 二人は凛の援護に回った。

 ひよりが光の矢で魔物の注意を引き、なぎさが炎で牽制する。


 しかし、凛は──連携を取らなかった。


 二人を無視して、単独で魔物に突っ込んでいく。


「危ない──!」


 魔物の尻尾が凛を狙う。

 凛は気づいていない。

 前方の攻撃に集中している。


 なぎさが飛んだ。

 凛の前に割り込み、炎の盾で尻尾を弾いた。


「っ──何やってんの、後ろ見てよ!」


 凛は一瞬だけなぎさを見て──何も言わず、また魔物に向かっていった。


「──あの子、全然聞いてない!」


 なぎさが歯噛みした。


 ひよりも焦っていた。

 連携が取れない。

 凛は一人で戦おうとしている。

 でも、相手はA級だ。

 一人で勝てる相手じゃない。


「神崎さん、どうすれば──」


 無線に呼びかけた。


 返事がない。


 振り返ると──神崎は、単独で別のC級魔物に囲まれていた。

 神崎と共に居た部隊は後退して魔物への牽制射撃を続けている。


 神崎は発砲を続けていた。


 弾丸が尽きかけている。

 周囲には、三体のC級魔物。


 まずい。


 逃げるべきだ。

 でも、背後には──逃げ遅れた市民がいた。

 母親と、小さな子ども。


 逃がさなければ。


「──走れ! 今のうちに!」


 神崎は叫んだ。

 母親が子どもを抱えて走り出す。


 魔物が追おうとする。

 神崎が立ちはだかった。


 続けざまに発砲。

 二体が怯む。


 だが、残り一体の対処が間に合わない。

 腕が振り下ろされる。


 ──避けられない。


 神崎は覚悟した。


 衝撃が──来なかった。


 目の前に──小さな背中があった。


 黒髪。

 パーカー。


 桐生凛が、神崎の前に立っていた。


 ぬいぐるみを盾にして、魔物の腕を受け止めていた。


「──桐生……?」


 凛は答えなかった。


 ぬいぐるみを振り上げ、魔物を殴り飛ばした。


「ドゥー」


 一体が吹き飛ぶ。


 残りの二体が襲いかかる。

 凛は跳躍して避け、落下しながら一体の頭を叩き潰した。


「ドゥー」


 最後の一体。

 凛は着地と同時に駆け出し、ぬいぐるみを叩きつけた。


「ドゥー」


 三体のC級魔物が、数秒で沈黙した。


 凛は振り返った。


 神崎を見た。


「……なんで」


 小さな声だった。


「なんで、逃げなかったの」


 神崎は、ゆっくりと立ち上がった。


「──市民を、逃がさなければならなかった」


「死ぬところだった」


「ああ。

 君が来なければ、死んでいた」


 凛の目が揺れた。


「……馬鹿じゃないの」


「そうかもな」


 神崎は笑った。


「でも、子どもを見捨てて逃げる大人には、なりたくなかった」


 凛は何か言おうとして──言葉が出なかった。


 その時。


「──危ない!」


 ひよりの声がした。


 A級魔物が、こちらに向かってきていた。


 ひよりとなぎさの牽制を振り切って、一直線に。


 狙いは──凛だった。


 凛は振り返った。

 魔物が迫っている。

 巨大な爪で掴みかかってきた。


 避けられる。

 跳べば──


 でも。


 背後には、神崎がいる。


 自分が避けたら、神崎が──


 凛の体が、一瞬だけ止まった。


 神崎が動いた。


 凛を突き飛ばした。


 そして──魔物の爪が、神崎の体を掠めた。


「──っ!」


 神崎が倒れた。

 脇腹から血が流れている。


「神崎さん!」


 ひよりが叫んだ。

 なぎさが駆け寄る。


 凛は──立ち尽くしていた。


 目の前で、大人が倒れた。


 自分を庇って。


 自分を──守って。


 頭の中が、真っ白になった。


 お父さんとお母さんが死んだ時と、同じだ。


 目の前で人が倒れる。

 動かなくなる。

 血が流れる。


 また──また、同じことが──


「──っ」


 凛の手が震えた。


 ぬいぐるみを握りしめる手が、震えた。


「桐生さん!」


 ひよりの声が聞こえた。


「大丈夫、神崎さんは生きてる! ──だから、あの魔物を!」


 凛は顔を上げた。


 A級魔物が、また向かってくる。


 ひよりとなぎさが立ちはだかっている。

 でも、二人だけでは──


「一緒に戦って!」


 ひよりが叫んだ。


「一人じゃなくていい! 私たちがいる! ──だから!」


 凛は──


 ぬいぐるみを握りしめた。


 震えが、止まった。


 凛は駆け出した。


 ひよりとなぎさの横を通り過ぎ、魔物に向かっていく。


 また一人で──


 違う。


「──援護する!」


 ひよりが光の矢を放った。

 魔物の目に命中する。

 魔物が怯んだ。


「隙を作る!」


 なぎさが炎の槍を投げた。

 魔物の足元で爆発する。

 魔物がバランスを崩した。


 凛は跳んだ。


 高く、高く。


 落下しながら、ぬいぐるみを振りかぶった。


 魔物の頭に、渾身の一撃を叩き込んだ。


「ドゥー」


 まだ生きてる。

 もう一度振りかぶってたたきつける。


「ドゥー」


 魔物が動かなくなった。

 もう一度。


「ドゥー」


 魔物の頭が陥没した。


 凜はもう一度振りかぶってから、息を吐いてゆっくり手を下ろした。


 魔物は地響きを立てて、巨体が崩れ落ちた。


 ──倒した。


 凛は荒い息をついていた。


 振り返る。


 ひよりが、こちらを見ていた。


 その奥で、神崎が横たわっている。

 なぎさが傷の手当てをしていた。


 凛はゆっくりと歩いていく。


 神崎の傍で、立ち止まった。


「……大丈夫、なの?」


 小さな声だった。


 神崎が目を開けた。

 苦しそうに、でも──笑った。


「ああ。

 かすり傷だ。

 ──君こそ、怪我は」


「……ない」


「そうか。

 よかった」


 神崎は目を閉じた。


「ありがとう。

 ──助けてくれて」


 凛は何も言えなかった。


 ただ、立ち尽くしていた。

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