第6話 第三次接触、逃走

「足止めに力を貸してくれ」


 神崎は、集まったメンバーを見渡して言った。


 会議には、早月ひよりと檜原なぎさ。

 そして、他四名の魔法少女が召集されていた。


「対象は未登録の魔法少女。

 単独行動をやめて組織に合流するよう説得する機会を作りたい」


 神崎はホワイトボードに地図を貼り出した。


「これまでの調査で、彼女の行動パターンがある程度判明した。

 彼女は■市を中心に活動している。

 出現頻度が高いのは、工業地帯と、この──廃墟エリアだ」


 赤いマーカーで囲まれた一帯。

 使われなくなった工場やビルが立ち並ぶ場所。


「今夜、このエリアで魔物の出現が予測されている。

 彼女が現れる可能性は高い」


 なぎさが手を挙げた。


「神崎さん。

 あの子、めちゃくちゃ足速いですよ。

 前も逃げられたし」


「わかっている。

 だから、今回は包囲する」


 神崎は地図上に四つの点を描いた。


「早月と檜原は魔物に対応。

 他四名は包囲班として四方向で待機。

 未登録の魔法少女が現れた場合は姿を見せて、逃走を牽制する」


「……それ、あの子からしたら怖くないですか」


 ひよりが小さく言った。


「包囲されたら、攻撃されると思うかもしれない」


 神崎は頷いた。


「包囲はあくまで牽制だ。

 離れた場所で姿を見せるだけで良い。

 武器も魔法も使わない。

 ただ話をしたいだけだと、態度で示す。

 だから──絶対に無理には近づくな」


 四人の魔法少女が頷いた。


「俺も現場に行く。

 説得は俺がやる。

 君たちは、彼女ができるだけ逃げないようにしてくれればいい」


「了解です」


 ひよりが答えた。

 その目には、不安と──それでもやらなければ、という覚悟があった。


 ***


 夜、廃墟エリア。


 神崎は廃ビルの陰に身を潜め、無線機を耳に当てていた。


『包囲班、配置完了しました』


「了解。

 包囲班は待機。

 対象が現れるまで動くな」


「早月と檜原は魔物が出るまで俺とパトロールだ」


「これだけ大がかりにやって、空振りにならないといいけどね」


「組織の予測は日々精度が上がっているから、きっと魔物はでる。

 そして、桐生の魔物探知は組織よりも精度が高いらしい。

 おそらく彼女も現れる」


 なぎさの何気ないつぶやきを受けて、神崎が確信しているように話す。


 静寂が降りた。


 三人は暗闇の中、魔物の出現を待つ。


 幾ばくかの時間が過ぎた。


 空気が変わった。


 嫌な気配。

 魔物特有の、肌がざわつく感覚。


 ──来る。


 廃工場の陰から、黒い影が這い出してきた。

 B級魔物。

 人型に近いが、腕が四本ある。


「魔物! 神崎さんは下がって! いくよ、なぎさ!」


「うん!」


 即座に魔物に向かう二人、近くの遮蔽物に身を隠す神崎。


 そして──もう一つの影がほぼ同時に魔物のそばに降り立った。


 小さな影。

 黒髪の少女。


 桐生凛。


 来た──神崎は静かに見守る。


 戦闘が始まった。


 凛は迷わず魔物に突っ込んでいく。

 先に魔物に対峙していたひよりとなぎさの間を瞬く間にすり抜けた。


「きゃ!?」


「ちょっと!?」


 とまどう二人には構わず、凜はぬいぐるみを振りかぶる。

 魔物の顔面に叩きつける。


「ドゥー」


 魔物がよろめく。


 四本の腕が振り回される。

 凛はぬいぐるみを盾にして受け止めた。

 衝撃で体が押されるが、踏ん張る。


 そのまま、ぬいぐるみを振り上げて魔物の顎を打ち抜いた。


「ドゥー」


 魔物が仰け反る。


 凛が跳躍した。

 高く、高く。

 落下しながら、ぬいぐるみを振り下ろす。


「ドゥー」


 魔物の頭が陥没した。

 地面に叩きつけられ、動かなくなった。


 戦闘時間、一分足らず。


「ねえ、私たちも居たのに、危ないよ」


 ひよりが声をかけたが、凜は無視してぬいぐるみを地面に置く。

 ぬいぐるみが食事を始める。


 ──今だ。


「作戦開始」


 神崎は無線で指示を出し、自分も物陰から出た。


 その瞬間、凜は気配を感じて周囲を見渡す。


 最初から居た二人の他に、四方向に人が現れた。


 それから、もう一人、大人の男──神崎の姿も認識。


 凛は食事中のぬいぐるみを掴んで警戒するように身構えた。


「桐生凛」


 男が声をかけてきた。

 神崎晋一郎。

 この前、話しかけてきた対策官。


「戦うつもりはない。

 話がしたいだけだ」


 凛は答えなかった。


 周囲を見回す。

 近くに二人、少し離れて四方向に魔法少女一人ずつ。

 逃げ道はない。


 いや──上がある。


 跳べば逃げられる。

 ビルの屋上を伝って、このエリアを抜ければ──


「頼む。

 話を聞いてくれ」


 神崎が一歩近づいた。


「君は一人で戦ってきた。

 辛かったはずだ。

 でも、もう一人で戦わなくていい。

 俺たちが──」


「近づかないで」


 凛は低い声で言った。


 神崎が足を止めた。


「……わかった。

 近づかない。

 だから、話だけでも──」


「話すことなんかない」


 凛はぬいぐるみを握りしめた。


「私に関わらないで」


 ひよりは、凛の顔を見ていた。


 暗い目。

 硬い表情。

 全身から「近づくな」と叫んでいるような空気。


 怖い。


 でも──それ以上に、痛々しかった。


 あの子は、怯えている。


 怒っているように見えるけど、本当は──怖いんだ。


 私たちが。

 大人が。

 誰かに近づかれることが。


「……ねえ」


 ひよりは、思わず声を出していた。


「あなたの名前、凛っていうんでしょ。

 私は早月ひより。

 ──あの時、助けてくれてありがとう」


 凛の目が、ひよりを見た。


「あなたがいなかったら、私となぎさ、やられてたかもしれない。

 だから──ありがとう」


「…………」


 凛は答えなかった。


 でも、少しだけ──ほんの少しだけ、目の色が変わった気がした。


「私たちは、あなたの敵じゃない。

 あなたと一緒に戦いたいだけ。

 だから──」


「うるさい」


 凛が遮った。


「一緒に戦う? 仲間になる? ──そんなの、要らない」


「どうして──」


「どうして?」


 凛の声が、少し震えた。


「どうしても何も、あんたたちに関係ない。

 私は一人でやる。

 一人でいい。

 だから──放っておいて」


 ひよりは言葉に詰まった。


 何を言えばいいのかわからなかった。

 どんな言葉も、この子には届かない気がした。


 なぎさが前に出た。


「ちょっと待ってよ」


 苛立ちを隠さない声。


「あんた、なんでそんな意地張ってんの。

 こっちは助けようとしてるのに」


「助ける?」


 凛の目が、なぎさを見た。


「助けなんか、頼んでない」


「頼んでなくても、助けるのが当たり前でしょ。

 あんた、一人で戦って、一人で暮らして──そんなの、おかしいじゃん」


「おかしくない」


「おかしいよ!」


 なぎさが声を荒らげた。


「あんた、私らより年下でしょ。

 普通じゃないよ、おかしいよ!」


 凛の表情が、凍りついた。


「……普通」


 低い声。


「普通って、何」


「え──」


「学校に行って、友達と遊んで、家に帰って、ご飯食べて、寝る。

 ──そういうこと?」


 なぎさは言葉を失った。


「そんなの、私にはもうない」


 凛の声は、淡々としていた。


「お父さんもお母さんも死んだ。

 家もない。

 学校にも行けない。

 友達もいない。

 ──全部、なくなった」


「それは──」


「あんたたちには、あるんでしょ、全部」


 凛がなぎさを見据えた。


「家があって、学校があって、仲間がいて、信じられる大人がいて。

 ──私には、何もない。

 何もないから、一人でやるしかない」


 なぎさは、何も言えなかった。


 凛の言葉が、胸に突き刺さった。


 自分には、全部ある。

 家も、学校も、ひよりも、神崎さんも。

 当たり前だと思っていた。


 でも、この子には──何もない。


 その差が、急に重くのしかかってきた。


 神崎が声をかける。


「桐生」


 静かな声。


「君の言う通りだ。

 俺たちは、君が何を失ったのか、本当の意味ではわからない」


 凛が神崎を見た。


「でも──だからこそ、君を一人にしたくない。

 君がこれ以上、一人で傷つくのを見ていられない」


「…………」


「俺たちは間に合わなかった。

 君の両親を、守れなかった。

 ──それは、俺たち大人の責任だ」


 神崎は、真っ直ぐに凛を見た。


「だから、せめて今から──君を守らせてくれ」


 沈黙が落ちた。


 凛は神崎を見ていた。

 その目には、何か──揺れるものがあった。


 でも。


「……無理」


 凛は首を横に振った。


「信じられない。

 誰も。

 ──もう、何も」


 凛が跳んだ。


 垂直に。

 ビルの壁を蹴り、屋上へ。


「待って──!」


 ひよりが叫んだ。

 なぎさが飛ぼうとした。


「追うな」


 神崎が制した。


「──でも!」


「追い詰めすぎた。

 今夜は、ここまでだ」


 凛の姿が、夜の闇に消えていった。


 後には、沈黙だけが残った。


 神崎は、凛が消えた方向を見つめていた。


 揺れていた。


 あの子の目は、確かに揺れていた。


 完全に拒絶しているわけじゃない。

 心のどこかで、手を伸ばしたいと思っている。


 でも、怖いんだ。


 信じて、また裏切られるのが。

 近づいて、また失うのが。


 だから、自分から壁を作っている。


「……神崎さん」


 ひよりが、小さな声で言った。


「私、あの子に何て言えばよかったんでしょう」


 神崎は首を振った。


「わからない。

 俺にも、わからない」


 正解なんてない。

 どんな言葉が届くのか、誰にもわからない。


 でも──


「諦めるな」


 神崎は言った。


「今日は逃げられた。

 でも、俺たちの言葉は、少しは届いたはずだ。

 次に会った時、また声をかける。

 何度でも」


 ひよりが頷いた。

 なぎさも、悔しそうな顔で頷いた。


「あの子が手を取ってくれるまで、何度でも差し伸べる。

 ──それが、俺たちにできることだ」


 夜空を見上げた。


 星が瞬いていた。


 同じ星を、あの子も見ているだろうか。


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