第5話:解体屋のキャンプと、執念の追跡者
翌朝、第十三廃棄区画の空気は、いつもと変わらず鉄錆の匂いに満ちていた。
重機が唸りを上げ、作業員たちの荒っぽい怒声が飛び交う。
シルバータワーの清潔すぎて鼻をつく香水の匂いや、権威を振りかざす老人たちの腐った吐息に比べれば、この
「……おい、カイ。お前、昨日『銀翼』の副長様に連れて行かれたんじゃなかったのか? なんで普通に出勤してきてるんだよ」
現場監督が、驚きと呆れの混じった表情で俺を呼び止めた。
彼は俺が顧問として栄転し、二度と戻ってこないと思っていたのだろう。
「あんな態度ばかりでかい奴らの下で働くなら、あんたの下で働いてたほうがマシってもんさ。あんたの態度も負けず劣らずでかいけどな。ここで鉄屑をバラしている方が性に合っている」
「……お前、本当に変なやつだな。もったいない」
監督は頭を振って持ち場に戻っていった。
俺はいつもの解体ナイフを手に取り、山積みになった魔導戦車のスクラップに向き合う。
金属疲労の蓄積度を測り、構造的な脆性を突いて一気に解体する。
単純で、明快で、物理法則に忠実な作業。
思考を研ぎ澄ませ、世界の理に触れるこの瞬間こそが、俺にとっての何よりの贅沢だった。
だが、その平穏を乱す来客は、昼休憩を待たずに現れた。
「カイ様! シエル副長より、正式な雇用契約書の再考案を持ってまいりました!」
廃棄区画の入り口に、ピカピカに磨き上げられた黒塗りの高級魔導車が停まった。
中から出てきたのは、白手袋をはめた『銀翼』の特使だ。
彼は周囲の作業員たちの冷ややかな視線も気にせず、仰々しく契約書を広げる。
「提示額は昨日の三倍。さらに、都心部の一等地に研究室と住居をご用意いたします。騎士団による二十四時間の護衛も……」
「三倍の金をもらって、その分だけ俺の自由時間が三分の一になるなら、それは単なる等価交換以下の損失だ。帰ってくれ。そんな報酬、キャンプの焚き火を眺める一分間よりも価値がないんだよ」
俺は一瞥もくれずに、解体作業を続けた。
特使はなおも食い下がろうとしたが、俺が装甲板を一瞬で粉砕し、その破片が彼の足元に鋭く突き刺さるのを見て、顔を青くして逃げ帰っていった。
その後も、シエルの波状攻撃は止まらなかった。
昼過ぎには魔法の拡声器を使った呼びかけが響き渡り、夕方には廃棄区画の上空を『銀翼』の偵察隊が旋回し始めた。
「……しつこい。熱力学の第二法則を知らないのか。無駄なエネルギーを注げば注ぐほど、俺のやる気はどんどん削がれていくだけだ。三重鎮とやらの面会時点でもう終わったんだよ」
俺は溜め息を吐くと、廃棄された隠密用の魔導具を即興で改造し、自分の周囲に「光学的・魔力的迷彩」を展開した。
俺だけの知識を応用したこのステルス技術は、現代の粗雑な索敵魔法では決して見破ることはできない。
俺はそのまま透明化した状態で、裏道を通って自分のアパートへと帰還した。
アパートに帰ると、俺は早速、週末の準備に取り掛かった。
前世の俺は、研究室の白い壁と、煌々と輝くするモニターの光しか見ていなかった。
太陽の光も、土の匂いも、夜の静寂も、何も気にせずに生きて死んだ。
だからこそ、この今世、この世界では、五感で感じる「生の物理現象」を謳歌したい。
俺は机の上に、解体現場から拝借してきたパーツを並べた。
一つ目は、壊れた魔導ランタン。
俺は不必要な魔法回路をすべて削り落とし、魔石のエネルギーを直接光子へと変換する「高効率発光素子」へと作り変える。
現代のランタンは無駄なエネルギーを放出しすぎる。
俺の設計なら、砂利のような小さな魔石一つで、一晩中キャンプ地を太陽のような光で照らし続けることが可能だ。
二つ目は、ただの古いペール缶。
これを二重構造に加工し、底部から取り込んだ空気が加熱され、上部の穴から噴き出す「ロケットストーブ――二次燃焼ストーブ」を自作する。
魔法で火を熾すのは容易い。
だが、薪がガス化し、美しい炎のカーテンとなって完全燃焼する様子を観察するのは、どんな高位魔法を眺めるよりも美しい。
「……よし。準備は完璧だ」
週末。俺はまだ星が瞬くうちにアパートを脱出した。
シエルの追跡網が目覚める前に、市街地を抜け、公共交通機関を乗り継いで、地図にも載っていない未開拓の森へと向かう。
そこは魔物すら寄り付かない、険しい断崖の先にある秘密の場所だ。
数時間の山歩きの末、俺は目的地に辿り着いた。
目の前には澄んだ水の流れる川があり、背後には樹齢数百年を数える巨樹がそびえている。
俺は手際よく設営を済ませ、自作のストーブに火を灯した。
シュシュッと、二次燃焼が始まる独特の音が鳴る。
炎が安定し、周囲を優しい暖かさが包み込む。
俺はクッカーに川の水を汲み、コーヒーを淹れる準備を始めた。
「これだよ……これ。この静寂こそが、俺の求めていた最適解だ」
深く椅子に腰掛け、目を閉じる。
風が木の葉を揺らす音。川のせせらぎ。
すべてが調和し、一つの完璧な方程式となって世界を構成している。
だが、その調和を乱す、聞き慣れない足音が静寂を切り裂いた。
カサッ、カサッ。
乾いた落ち葉を踏みしめる音が、背後から近づいてくる。
「……む。野生の動物か?」
俺はナイフを手にし、身構えながら振り返った。
そこには、泥だらけの高級な靴を履き、顔中を木の枝で引っ掻いた、一人の女が立っていた。
息を乱し、涙目で俺を凝視するその姿は、およそ世界最強の魔術師とは思えないほどボロボロだった。
「……見つけたわよ、カイ。この……隠遁趣味の、へそ曲がり……!」
シエル・アークライト。
彼女は汗だくになりながら、俺の聖域へと足を踏み入れてきた。
次の更新予定
2026年1月3日 06:39 毎日 06:39
解体屋の俺、なぜか世界最強ギルドの顧問に指名される 〜「原子レベルの分解」で魔法も魔物もバラバラにしていたら、最強の女帝に拉致されました〜 いぬがみとうま @tomainugami
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