第4話:賢者たちの円卓と「不合理」の宣告

 シルバータワー最上階。

 そこは、この国の魔導界を支配するギルド『銀翼』の最高意思決定機関「円卓会議室」だ。


 重厚な扉が開くと、そこには贅を尽くした空間が広がっていた。

 壁面を飾るのは近代の魔導壁画。足元には魔力を増幅させる特注の絨毯が敷き詰められている。


 その中央に鎮座する巨大な円卓を囲むようにして、現代魔術の頂点に立つ「三重鎮」が並んでいた。


「……シエル。何だ、その不潔な連れは」


 最初に口を開いたのは、運営局長のエレノアだ。

 四十五歳という年齢を感じさせない美貌を歪ませ、彼女は扇子で鼻を覆った。

 まるで汚物を見るような視線が、俺のボロボロの作業着をなぞる。


「私の部屋に浮浪者の臭いが移るわ。ギルドの警備はどうなっているの? こんな泥臭い男を立ち入らせるなんて」


「失礼よ、エレノア局長。彼は私が選んだ、特別顧問の候補よ」


 シエルの反論に、今度は逆側に座る老魔導師が不快げな笑い声を上げた。

 魔導学術院長、バルザックだ。

 彼は分厚い眼鏡の奥の瞳を細め、小馬鹿にしたように俺を指差した。


「候補だと? 冗談も休み休み言いたまえ。その格好、その立ち振る舞い。文明に対する侮辱以外の何物でもない。我々が築き上げてきた魔導の歴史に、解体屋の分際で足を踏み入れようなどと。片腹痛いわ」


 俺は一歩前に出ると、会議室の温度や魔圧を無意識に計算し始めた。

 無駄に高い天井。維持費だけで解体屋の年収何人分も浪費していそうな豪華な装飾。


 これほどの魔力リソースを、単なる「威厳の維持」のために浪費している現状。

 その光景は、科学者としての俺の神経を逆撫でする。


「……維持費の無駄使いも甚だしい。エネルギーの不経済な利用は吐き気がするな」


 俺の呟きは、沈黙が支配する会議室に低く響いた。

 円卓の最上座。

 今まで沈黙を貫いていた魔導評議会議長、グリゴールがゆっくりと顔を上げた。

 八十歳を越えた老人の肌は、高密度の魔力によって異常なまでの艶を保っている。

 

「シエル副長。君の言葉に敬意を表し、この男の価値を一度だけ判定してやろう。……おい、測定器を出せ」


 グリゴールの合図で、職員たちが最新鋭の魔力測定器を運び込んできた。

 水晶球の中に手をかざせば、対象者の魔力総量が数値化される装置だ。

 シエルが期待を込めた表情で俺を促す。

 俺は面倒に思いながらも、測定器の上に無造作に手を置いた。


 装置が低い唸りを上げる。

 しばらくして、空中に浮かび上がった数字は、すべての人間を絶句させた。


「――『5』だと?」


 グリゴールが、腹の底から絞り出すような嘲笑を漏らした。

 エレノアとバルザックも、こらえきれないといった様子で肩を震わせる。


「クハハハハ! 幼稚園児でももっとマシだぞ! 数値五など、スライムにすら勝てん! こんな無能が肉体労働以外に何ができるというのだ」


「シエル、もう十分でしょう。この男を今すぐ廃棄区画に叩き出しなさい。ギルドの品位が汚れるわ」


 三重鎮たちの罵倒が飛ぶ。

 シエルは顔を真っ赤にして言い返そうとするが、俺は彼女を制した。


 俺は、グリゴールが着ている魔導衣をじっと見つめていた。

 袖口の縫製。そこに描かれた、無意味に複雑化された魔力の増幅回路。

 かつて俺のいた研究所で、計算能力の低さを補うために「とにかく線を増やせば強くなる」と信じていた、あの無能な助手の設計思想。

 

「……その法衣。構造がスカスカだ。効率を無視して術式を重ねているせいで、魔力の逆流が起きている。お前、たまに左肩が痛いだろう? それは加齢によるものじゃないぞ」


 グリゴールの笑い声が止まった。

 彼の瞳に、初めて狼狽の色が混じる。


「貴様……何をデタラメを……」


「デタラメじゃない。お前たちが無駄に試行錯誤していたたこの盾も同じだ」


 俺は、ヴィンセントの開発局から持ち込まれたアイギス・シールドを指差した。

 バルザックが顔を赤くして叫ぶ。


「この盾は何百というテストの後、先程、悲願だった成功した奇跡の盾だぞ! 貴様のような無能力者が理解できるものではない!」


「偶然だと? 度し難いほど不合理だな。これは単なる位相空間の整合だ。摩擦すら計算に入れていないお前たちのスカスカな理論、積み木遊びと大差ない。構造を理解していれば、誰でも再現できる現象だ」


 ――それに、それを先程完成させたのは俺だ。


 その言葉が響いた瞬間、グリゴールの顔が怒りに赤くなる。

 彼はガタガタと椅子を鳴らして震え出し、顎を掻きむしりる。


(……昔の知り合いにも、一人いたな。動揺を隠すために顎を掻くやつが。)


「もういい。話にならない」


「待ちなさい!」


 エレノアが勝ち誇ったように言い放つ。


「特別に、シエルの奴隷兼、実験台としてなら雇ってあげてもいいわよ。私の靴を舐めて忠誠を誓うなら、廃棄区画のゴミ拾いよりはマシな給料をあげるわ」


 俺は、彼女の方を一瞥もせずに踵を返した。


「断る。お前たちの腐った空気を吸い続けるより、廃棄区画で煤煙を吸っている方が百倍マシだ。顧問なんて面倒な話、こっちから願い下げだ。俺は解体屋に戻る」


「カイ! ちょっと、待ちきなさいよ!」


 シエルの叫びを背中に受けながら、俺は円卓会議室の重厚な扉を思い切り蹴り開けた。

 背後からは重鎮たちの嘲笑うような声が追いかけてくる。

 

 シルバータワーを出ると、夜の冷たい風が頬を撫でた。

 都心の清潔な空気よりも、遠くに見える第十三廃棄区画の、鉄錆と煙の混じった臭いの方が今の俺には心地よい。

 

「……やれやれ。あんな連中の相手をするより、今週末のキャンプのことを考える方が有意義だ」

 

 俺はポケットの中で、安物の解体ナイフを弄った。

 世界最強ギルドのご立派な肩書きも、莫大な報酬も、俺には似合わない。やっぱり、適当に日銭を稼いで現代スローライフをしている方が俺には合っている。


 俺は暗い夜道を、第十三廃棄区画へと歩き始めた。


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