REC~カセットテープに残された鬼《きさらぎ》家の音声~
その子四十路
REC~カセットテープに残された鬼《きさらぎ》家の音声~
──以下の文章は、カセットテープに残された『
(※車のクラクション音。ノイズ音。男性の咳払い)
──ごほん。1996年、3月8日。今日、高校時代からつきあっている彼女、
(※はじけるような女性の笑い声)
──いえーい! あたしたち、結婚しま~す♡
──もちろん。これから、おれたちの人生の記録を、カセットテープに残していこうと思う。
──ねぇ、なんで、音声だけなの? 8ミリビデオカメラ、買おうよ。
──そのうちな。
──ケチ~。
(※さざ波のように、会話が遠のいてゆく。音声が切れる)
(※鳴り響く鐘の音)
──1997年、6月12日。夏奈と結婚式を挙げた。ささやかだけど、みんなが祝福してくれて、温かないい式だった。
(※女性が鼻をすする音)
──真治と結婚してよかった……あたし、今日のこと、一生忘れない。
──そうだな。お義父さんとお義母さん、よろこんでくれてよかった。
──うん。真治のおばあちゃん、うれし泣きしてたね。入院するまえに、結婚式を見せてあげられてよかった。
──元気が出たって言ってたから、手術もうまくいくよ。……きれいだよ、夏奈。
──ふふっ……真治も、いつにもましてかっこいいよ。
──おれたち、幸せになろう。
──うん。幸せな家庭をつくろうね。
(※新婦の名を呼ぶ女性の声。音声が切れる)
(※遠くで、学校のチャイムの音)
──1997年、8月22日。夏奈とふたりでおれの実家に引っ越した。ここで、新婚生活をはじめる。
(※ノイズ音。音声が乱れる)
──真治~? これ、どこに置けばいいの? ああーっ! さぼってる!!
──違うよ。おれたちの人生の記録を録音しているんだよ。
──んもぉ~。そういうのは後にして! ご近所さんにご挨拶に行かなきゃいけないんだから! あぁっ、引っ越し業者さん、今日はありがとうございました。これ、少ないですけど、みなさんでコーヒーでも飲んでください。いいの、いいのっ! 受け取ってください。ほら、真治、あなたもお礼を言って。
──ありがとうございました。
──じゃあ、あたし、お見送りしてくるから。
(※会話が遠のいていく)
──若いのに、夏奈はうまくやってくれている。……おれにとって、この家は、いい思い出がない。親父とお袋は、それぞれ愛人をつくって出て行った。おれの家族はばあちゃんと、夏奈だけだ。
ばあちゃんが退院したあと、世話ができるように、夏奈が同居を持ちかけてくれた。ばあちゃんも夏奈を気に入って、じつの孫以上にかわいがっている。夏奈と結婚できて、おれは幸運だ。あんなにいい女は、どこを捜してもいない。
一家の大黒柱として、家族を守っていきたい。
(※ゆるやかに音声が切れる)
(※TVのコマーシャルの音。興奮を押し殺した女性の囁き声)
──1998年、11月4日。さっき、産婦人科に行って確かめてきました。お腹のなかに、ふたりの赤ちゃんがいますっ! 待望の第一子です。真治はまだ知りません……夜勤開けで、寝室で眠っています。今から、報告したいと思います。
真治、真治。ねぇ、ちょっと起きて。
(※雑音。音声が乱れる)
──もうちょっと寝かせて……。
──だめっ! 話を聞いて。だいじな話だからっ。
──んもぉ~。なんだよ。おれ、疲れてるのに。
──赤ちゃんができましたっ!
──は?
──だーかーらー、あたしたちの赤ちゃん!!
──……まじで?
──まじ、大まじ。
(※男性の雄叫び。女性の小さな悲鳴、のちに笑い声。ノイズ音)
──やったな!!
──うれしい? 新米パパさん。
──もちろん! おい、夏奈。おまえひとりで病院に行ったの?
──うん。そうだよ。
──起こせよ! 車、出すから!
──だって、真治、疲れているみたいだし……勘違いだったら悪いと思って。
──いや、疲れているとか関係ねーし。嫁の一大事に寝ている場合じゃないでしょ。勘違いならそれでもいい。おまえになにかあったら、おれ、生きていけないよ。
──えへへ……。ありがとう。
──今度から、通院の日は言えよ。半休とっておくから。
──うん。よかったね……赤ちゃん。優しいパパだよ。安心して、出てきてね。
──目が冴えてきたわ。なんか食いたいもん、ある?
──真治が好きなハンバーグ、作ったよ。お祝いしようと思って。
──うれしいけど、無理すんなよ。飯が作れないときは、おれがなんとかするから。実家に伝えるのは、安定期に入ってからがいいな?
──そうだね。念のためにね。
──ケーキ買ってくる。食えそう?
──ええ~?! いいの? やったぁ♡ 食べる、食べるっ!!
──チーズケーキとプリンだろ? 待ってろ。あ、あったかくしとけよ。
(※男性が慌てた様子で、部屋を飛び出していく。幸せいっぱいの女性の笑い声)
──サプライズは成功しました。あたし、ほんとはね、真治が赤ちゃんをよろこんでくれるのか、心配だったんだ……真治はご両親のことで苦労しているし。おばあちゃんも術後の経過が悪くて病院で亡くなって……ぐすっ。真治はずっと落ち込んでいたの。そんな真治が、赤ちゃんを受け入れてくれるのかなって。でも、杞憂でした。あたしの旦那サマは、嫁と子どもに超優しいひとです♡ あたし、すっごく幸せ。これからは、三人家族だね。
(※どたばたした足音)
──財布と車のカギ、忘れたっ!!
──もう、落ち着いて。事故を起こさないでね?
──事故に遭っても、おまえたちのところに帰ってくるから。おれはまだ死ねない。
──待って、待って真治。上着を着ていきなって。外、北風ぴゅーぴゅーだから。寒いよ。
(※しばらく生活音が続いたのち、音声が切れる)
(※ぶきみなまでの静寂)
──1999年、3月12日。夏奈が流産した。今、入院して、処置を受けている。夏奈は、玄関まえのなごりの雪に足を滑らせて転んだ。血まみれになったあいつは、ひたすら赤ん坊のことを心配していた。すぐに救急車を呼んだけど、間に合わなかった。
悲嘆に暮れているあいつに、かける言葉がない。こんなとき、おれに母親がいれば、夏奈をフォローしてくれたのだろうか。不甲斐ない旦那でごめんな、夏奈……。
(※男性がすすり泣く音声。ノイズ音。音声が切れる)
(※荒い息遣い。のどがつぶれたような女性の声)
──1999年、3月25日。あたしたちの赤ちゃんは、
真治はあたしが雪で足を滑らせたって思っているけど、違う。玄関アプローチに、ロウがまかれていたの。冷えたロウに、あたしは足をとられたのよ……ぜったいに、犯人を赦さない。
(※なにかをひっくり返したような激しい物音。女性の金切声。唐突に音声が中断される)
(※甲高い女性の嘲笑)
──1999年、4月8日。赤ちゃんが
もうしばらく、夫婦ふたりきりの生活を楽しみますっ。
(※ノイズ音。鼻歌のあと、音声が切れる)
(※獣のようなうなり声。消え入るような女性のつぶやき)
──1999年、4月16日。
(※カセットテープが回ったまま、生活音が続く。最後に、オペラ『魔笛 “夜の女王のアリア”』が録音されていた)
(※深いため息。男性がためらいがちに声を発する)
──1999年、5月1日。赤ん坊を流産してから、夏奈の様子がおかしい。天井を見上げてぶつぶつつぶやいたり、いきなり奇声を発したり。情緒不安定だ。
おれが好きな夏奈はどこにいったんだろう。おれがしっかりしないといけないのに、ときどき夏奈のことが怖い……夏奈は実家に帰らせている。元気になって戻ってきてほしい。
(※カセットテープがすり切れるような音。音声が切れる)
(※童謡が流れる。無音が続いたのちに、音声が切れる)
(※掃除機の音。ガラスを金属で引っかく音。音声が切れる)
(※雷鳴。踏切音。猫が威嚇する声。ごく小さな女性の囁き声。音声が切れる)
(※息をきらせた男性の声)
──1999年、7月17日。今日は夏奈が帰ってくる。二日遅れだが、誕生日を祝いたい。
夏奈、お帰り!! 誕生日、おめでとう!!
──ただいま、真治。えぇ~? この部屋の飾りつけ、あなたがやってくれたの?! すごい……かわいい。あとで写真とって。
──ああ、何枚でも。疲れただろう? 風呂に入る?
──ううん。先に、ごはんを食べたい。準備してくれているんでしょう?
──買ってきたものを並べただけどな。あ、スープはお義母さんに習って、おれが作った。
──ほんとだ、おいしそう……ぐすっ。真治、たくさん心配かけてごめんね。
──ぜんぜん。おれこそ、頼りにならなくてごめんな……。
──そんなこと言わないで!! ……いつか、赤ちゃんがまたきてくれるといいな。
──ああ、きっときてくれるさ。
(※男女が笑い泣きする声。謎の赤ん坊の泣き声。音声が切れる)
(※読経。幾重にも重なるすすり泣きの声)
──2002年、3月12日。夏奈が死んだ。第二子を妊娠中、切迫早産になって……
赤ん坊は未熟児だけど助かったが、夏奈はもたなかった。ふぐっ……、夏奈っ……!! 赤ん坊を護ってやらなきゃいけないのに、おれはだめな父親だ。夏奈の後を追いたい。今はなにも考えられない…………
(※深い絶望を感じさせる嗚咽。録音は続くが、テープが終わって音声が切れる)
(※男性がはにかみながら声を発する)
──2009年、3月12日。今日は息子、
春馬、誕生日おめでとう。ハッピーバースデートゥーユー♪ ほら、ケーキのロウソクを吹き消して。
(※幼い子どもの笑い声。息を吹きかける音)
──ママ、みてる?
──ああ。お空から、春馬とパパのことを見守ってくれているよ。
夏奈……おれたち、がんばるから。
──えいえいおー!!
(※警笛音。念仏。音声が切れる)
*****
【そして、カセットテープの逆再生がはじまった。】
──父子家庭の鬼家で開かれた、ひとり息子の誕生日会、夏奈という女性の葬式、夫婦が仲直りする様子……どんどん時間が遡ってゆく。奇妙なノイズ音に混じって、何者かを呪う呪詛の言葉が吐かれる。何度も“ぜったいに、赦さない”と繰り返されるのだ……。声は重なり、和音になり、合唱になった。
わたしはこの忌まわしいカセットテープの音声を、学生時代の後輩から聴かされた。
「──これ、なに?」
「じつは、この春馬という男の子が、わたしの彼氏なのです」
後輩は乾いたくちびるを舐める。長くつきあっていた彼氏と結婚することになった。彼氏はこのカセットテープの音声を、結婚式で流したいと熱望しているそうだ。
「春馬さんとお義父さんは、このカセットテープが“幸福な家族の象徴”だと言ってきかないんです。亡くなったお義母さんの声が録音されているからって。ふたりの希望は叶えてあげたいんですけど……
後輩は、一枚の古い写真を差し出した。男児と父親らしき男性が、暗闇のなかでバースデイケーキを囲んでいる。ケーキのロウソクの炎がぼんやりと周囲を照らしていた。父子は笑顔だ。問題は、父子を取り囲むように無数の黒い影が写り込んでいること……。顔が左右にぶれた、残像のような影の集団。影たちはいっせいに、ロウソクを指差している。なんとも不気味な心霊写真だった。
「ふたりはこの影が、お義母さんだって信じています。でも、おかしくないですか? この影、何人もいるじゃないですか……カセットテープの女性の声だって、ひとりやふたりじゃない。なのに、気にも留めていないんです。わたし、怖いんです……」
後輩の肩を抱く。結婚を考えるほどの相手だ。今さら、別れたくないらしい。
「じきに、わたしの声もカセットテープに録音されるのでしょうか……
REC~カセットテープに残された鬼《きさらぎ》家の音声~ その子四十路 @sonokoyosoji
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