月夜のとなりで君が猫になる<スピンオフ>

かわまる

「未来の夢が叶うとき」

春の陽射しが、緩やかに町の路地裏を撫でていく。

肌をくすぐる風はまだ少し冷たさを残していたが、それすらも心地よく感じさせる

ほど、ここ「駄菓子屋くろちゃん」には穏やかな時間が流れていた。

卒業してから、もう五年。

あの青春の喧騒も、今では懐かしい笑い声とともに記憶の中に眠っている。

けれど――それでも、ここは変わらない。

いや、変わったのかもしれない。けれど、それは"進化"という言葉がふさわしい。

夕方のチャイムが鳴る頃、ランドセルの音がカランと響く。

子どもたちが三々五々と集まり始める。

ランドセルを背負ったまま走り込んでくる子。

いったん家に帰ってから、おやつの小銭を握ってくる子。

「おかえり、よく頑張ったな」

穏やかな笑顔で迎えるのは、店主・速人。

あの頃と変わらない柔らかな声。だけど、今ではその目に揺るぎない責任と誇りが灯っている。

隣には、少し髪をまとめた姿も凛々しい、看板娘――いや、看板先生・美弥の姿。

この「駄菓子屋くろちゃん」は、いまや町内の子どもたちの「学びの場」へと進化していた。

速人は週に二回、子ども空手教室を開き、

美弥は毎日、勉強の場として「くろちゃん塾」を開いていた。


「分かってる人が、分からない人を助ける。これが、くろちゃん塾のルール!」

ホワイトボードの前に立つ美弥は、子どもたちを見渡しながら話す。

「教えることはね、自分が一番分かってないとできないのよ。伝えるのって難しいけど、その方法を考えるのも、立派な勉強なの」

ひとりの男の子が手を挙げる。

「ねぇ、美弥先生。勉強ってつまんない…どうしたら楽しくなるの?」

美弥はにっこり微笑んでしゃがみこむ。

「ゲームは好き?」

「うん、大好き!」

「ゲームって、一回でクリアできる?」

「それは無理〜。何度もやり直すよ」

「勉強も、ゲームと同じだと思ってみて。教科書って、アイテムがいっぱい散らばってるマップみたいなの。漢字や公式、歴史の出来事――全部アイテム。分からなかったら、仲間に聞いてチームでクリアするの」

「ほんとに?…なんか教科書がゲームのカセットみたいに見えてきた!」

「よし、じゃあ仲間と一緒に“算数”の冒険、行ってらっしゃい!」

美弥のその言葉に、教室は笑い声であふれた。


店内のレイアウトも大きく変わっていた。

入り口に設置された電子ピアノからは、時おり懐かしい旋律がこぼれる。

ラムネ片手に、大人がひとしきり弾いていくこともある。

奥の座敷はふた部屋に分けられ、小学生、中高生、それぞれが勉強したり、おしゃべりをしたりする居場所として使われていた。


その電子ピアノが、ふと激しい旋律を奏で始めた――。

子どもたちが店先に目を向ける。

鍵盤の上を疾風のように駆ける指。

背筋を伸ばして弾いているのは、柊 成美。あの“キール”の元メンバーで、ピアノ担当だった彼女だ。

「成美じゃないか!」

「久しぶり、速人。実家に帰ってきたついでに、寄ってみたんだよ」

その凛とした佇まいは、変わらない。美弥も顔を出し、懐かしさとともに微笑む。

「流石に上手ね、成美さん」

「ま、音楽だけは裏切らないからね」

ピアノの旋律が静かに終わると、今度は店の戸が開いた。

「あー、疲れたぁ〜。ラムネちょうだい!」

現れたのは、雅 翔子。近くの保育園で働いている彼女も、仕事帰りに時折立ち寄る常連だった。

「成美!」「翔子!元気だった?」

二人は笑いながら再会を喜ぶ。

「翔子、保育園の仕事、どう?」

「子どもたちは元気すぎて大変。でも…可愛いよ、みんな」

「成美は今、一人暮らしでしょ?仕事はどうなの?」

「インテリアデザインの会社なんだ。結構大手よ。毎日が忙しーい!」


そこへ、白いスポーツカーが店の前に滑り込む。

「おーい、速人!いるかー?」

駆けつけたのは――沢村 真。

プロサッカー選手として活躍を始めた彼は、この春からレギュラーを狙える位置にまで上り詰めていた。

「速人。今日、ちょっと実家に寄ったから、こっちも顔出してみたんだ」

「おう、よく来たな」

「真理恵は元気か・・?」と速人が聞く。

「ああ。真理恵は看護師になったよ。交代勤務だからな、中々会えないが、俺の試合を見に来てくれたりしてる。」

「速人・・俺は、真理恵と結婚するつもりなんだ。」

「そうか・・真理恵も了解してるのか?」

「それは…まだだ」

「そうか。頑張れよ!真。」

「お兄ちゃん、サッカー選手の人だ!」

子どもたちが一斉に集まり、目を輝かせる。

「おい、健坊!ちょっと来てみろ」

呼ばれたのは、制服を着た高校生。

「彼、覚えてるか?お前が最初にここで子どもたちにサッカー教えた時、いたんだよ。…その子が、今じゃ高校の全国大会出場選手だ」

「え…あの時の?」

「はい!あの時、沢村さんに教えてもらって、サッカーが大好きになったんです!」

真は一瞬、言葉を失った。

「…そうか。あの時の子が、もう…」

込み上げる感情に、瞳が潤む。

夢が繋がった。その証が、ここに生きている。

「3代目くろちゃんズのリーダーなんだってよ。お前がいた頃から続いてるんだ」

「くろちゃんズ…継承されてたのか…」

「ああ。歴代メンバーの写真もこの通り、座敷に飾ってあるよ。」

「そうか・・俺たちの後輩だな」


そんな中、また一人の影が。

「なんだよその懐かしい顔ぶれは!」

岬 京吾が、やや疲れた顔でラムネを片手に登場する。

「商社勤め、相変わらず忙しいよ。でも…たまにここに来ると、なんか癒されるんだよな」

「麻美とはどうしてる?」と誰かが聞くと、

京吾は少し照れながら答える。

「今…同棲してる。あいつ、オーディションで頑張ってるから、俺がそばにいたくてさ」

その時、京吾のスマホが鳴る。

「……麻美? どうだった?」

少しの沈黙。

「……決まった。デビュー、決まったの!」

電話越しに、泣きながらそう叫ぶ麻美の声。

一同がどよめき、京吾は思わず空を見上げた。

「よくやったな、麻美。ほんとによく…!」

「この春、デビューするよ。あの“キール”の曲が、デビュー曲になるの!」

ビデオ通話越しに喜びの声が店内を満たす。

「ほんとに!」と成美と翔子が声をそろえて言う。

「何何?・・京吾?あんた、どこにいるのよ?」

「くろちゃんだよ・・・久しぶりに来たら・・・みんないるんだよ・・たまたま・・・」

「おめでとうございます。麻美さん」と美弥も顔を出す。

「美弥!久しぶり?ありがとう。みんなのおかげ。頑張れた。いやこれからが本番。もっと頑張るよ!」

そのとき、奥の部屋から「おぎゃあ、おぎゃあ」と赤ん坊の泣き声が。

「…赤ちゃん?」

驚く一同の前に現れたのは、美弥。

赤ん坊を優しく抱きかかえ、微笑む。

「私たちの子です。名前は“美夜(みよ)”っていいます」

「お前たち、結婚してたのか!?」

「はい。三年前に」

あまりに自然で、あまりに幸せなその姿に、京吾がぽつりと言った。

「…今日は、めでたいことばかりじゃないか」

「美弥!おめでとう。赤ちゃん元気に育てるのよ。可愛いね美夜ちゃん。今度会いに行くね!」と麻美が言った。

春の風がそっと吹き抜ける。

ここは、みんなの"出発点"。

どんなに遠く離れていても、心はここに繋がっている。

駄菓子屋くろちゃん――

それは今日も誰かの心に、そっと寄り添う「心の拠り所」だった。

(END)

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月夜のとなりで君が猫になる<スピンオフ> かわまる @kawamaru359

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