コインランドリー
「洗濯行くぞ」
土曜の昼過ぎ、畳の上でゴロゴロとでまどろんでいた私に有沢の声が降ってくる。
目を閉じたまま、声とは反対の方向に寝返りを打って答える。
「今日行かんとお前も着るものがなくなるんだよ」
ゲシゲシと丸めた背中を蹴られる。
以前より有沢の部屋で過ごす時間が増え、自分の洗濯物もこの部屋に溜め込むようになった。
自分だけのときは下着以外は積み上げた服の山から適当に何度か着て、そろそろ限界かと思った頃に洗濯をするという極めて怠惰なルーティーンを送っていたが、山を共有するようになってからは有沢のペースで洗濯している。
我がボロ下宿には洗濯機を置くスペースが無く、洗濯の際には徒歩二分の場所にあるコインランドリーを利用している。
二人で行く必要は皆無なのだが、有沢は必ず私を誘う。
恐らく行くというまで背中を蹴られ続けるので観念して身体を起こす。
「これが尻に敷かれるというやつかな」
振り返って言うと眉をひそめた有沢と目が合う。
「よくわからんが多分違う」
有沢の隣には洗濯物が詰まったランドリーバッグが鎮座していた。
壁にかけたスカジャンを羽織り、それを持ち上げる。
「行こ」
サンダルを引っ掛けて玄関から出ると有沢が鍵を閉めた。
共同玄関から出て、外の空気に当たるとまだまだ冷たいと思っていた空気が少し暖かさを含んでいることを感じる。
春はもうそこまで来ている。
「今年は花見にでも行くか」
隣を歩く有沢に聞いてみる。
「ただの酒飲む口実だろ」
見抜いているぞと言わんばかりに返されるが、その顔は少し嬉しそうだ。
「有沢と出かける口実」
肩のランドリーバッグを掛け直しながら言うと、有沢は何か言いかけるが言葉が出てこないようで口を何度かパクパクさせて俯いてしまった。
こういう有沢はとてもかわいい。
しかし、突然何かを思い出したように俯いた有沢の表情が固まり、足を止める。
「どうした?」
「いや、うーん……」
考え込むような有沢がまた歩き出すので慌ててついていくと、すぐに目的地であるコインランドリーの建物に到着する。
中に入り、洗濯乾燥機にランドリーバッグの中身を移すと、隣の有沢が眉間に皺を寄せたまま財布を取り出してコインを投入した。
すぐに洗濯乾燥機の中が水と洗剤で満たされ、回転を始める。
「本当にどうした」
とりあえず有沢をランドリー内のベンチに座らせて、自分も隣に座る。
私たち以外の利用者は誰もおらず、私たちの洗濯物を入れた洗濯乾燥機が回る音だけが響いている。
有沢はしばらく腕を組んだり、顎に手をやったりして落ち着かない様子で唸っていた。
本当にどうしたのだろうか。
どうしたらいいのかと見ていると有沢は唸るのをやめて「よし」と自分の頬をぴしゃりと叩いた。
「広井」
有沢はまっすぐ私を見てくる。
「なに?」
「今から」
有沢はそこで言葉を切って大きく息を呑んだ。
「今からとてもめんどくさいことを言うね」
「うん」
なんだろう。
わざわざそんなことを宣言してくる何かを私に言わなければいけないらしい。
つられて私も息を呑んでしまう。
大きく息を吸って有沢が口を開く。
「こないだ……一緒にいた人とはまた会うの?」
そう言った有沢の瞳は不安を隠さずに揺れていた。
すぐに久瀬先輩の顔が浮かぶ。
あの日、やはり彼女との別れ際を有沢は見ていたらしい。
その後に起こったことでそれはほぼわかっていたが、確信となる。
迷わず有沢の手を取る。
指先は少し冷たくなっていた。
「会わない」
断言する。
そんなこと不安に思ってほしくない。
だから全てを話す。
「あの人にそういう話をされたのはそう。でも断ったし、最初から受けるつもりなんてない」
両手で有沢の手に私の温度を移すように包み込む。
信じてほしい。
だから目を真っ直ぐ見据える。
有沢に私の心が覗けるようにと。
「私の中は、有沢でいっぱいだから。この先もずっと有沢だけだから」
顔を寄せると有沢が目を閉じ、私もゆっくりと目を閉じる。
私と有沢の唇が重なり、そっと離れる。
開いた視界にもう一度、有沢の瞳を捉える。
「誓うよ」
掴んだままの手を有沢がぎゅっと握り返す。
「うん……ありがとう」
やっと有沢が笑ってくれた。
それだけで私の心はいっぱいになってしまう。
繋いだ手から有沢の身体を引き寄せて抱き寄せる。
「ごめん、きちんと話してなくて」
「私もごめん。広井は私の部屋に来てくれたのに」
背中にしっかりと手を回される。
有沢を抱きしめる腕にほんの少し力を込めた。
すっかり乾いた洗濯物を詰めたランドリーバッグをもう一度肩にかけ、家路を辿る。
「広井」
隣で繋いだ手を有沢がちょんと引っ張る。
「なに?」
足を止めると、有沢は繋がった手をぎゅっと握って私に微笑みかける。
「私も……広井でいっぱいだから」
広井と有沢 けりまる @Chorita27
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