第3話 復讐を終えた王妃、領地へ戻る

王都を後にし、自らの領地へ戻ったとき、

リュシエンヌの顔からは、あの冷たい破壊者の仮面は消えていた。

そこにあったのは、かつて民に愛された、

穏やかな微笑を湛える美しき王妃の面影だった。


血と炎の中で剣を振るった女は、もういない。

復讐は終わり、役目は果たされたのだ。


荒涼としていた辺境の大地は、いつしか緑に覆われていた。

灌漑が整えられ、畑には作物が実り、草原には家畜が戻る。

人々の顔には怯えではなく、明日の話題があった。


白百合騎士団は、もはや反乱の刃ではない。

彼らは人々の盾となり、盗賊を退け、外敵を防ぎ、

領地の秩序を守る揺るぎない存在となり、

その紋章を見れば、子どもたちは泣き止み、老人は胸をなで下ろす。


リュシエンヌは領主として、淡々と務めを果たした。

法を整え、税を軽くし、弱き者の声に耳を傾ける。

かつて王妃として持っていた理想は、ここで初めて現実となった。


夜、城のバルコニーから草原を見渡しながら、彼女は思う。


――私は、救われたのではない。

――選び続けただけ。


破壊者になることも、守護者になることも。

すべては、自分の意思だった。


白百合は、血に染まることもある。

だがその根は、再び人々の暮らしを支えるために、大地に深く張られている。


そして今日も、領地には穏やかな朝が訪れる。

剣を置いた王妃は、静かな笑みでそれを迎えるのだった。




静かな日々に、ひとつの噂が混じった。


――死んだ国王の残党が、まだ動いている。

――傭兵を雇い、白百合の領地へ向かっているらしい。


酒場の囁きとしては、あまりに具体的だった。

リュシエンヌは噂を笑い飛ばさず、その話の真偽を確かめた。


「斥候を出してください」


それだけを命じた声は、穏やかで、しかし迷いがなかった。


二日後、斥候が戻り報告は、百名ほどの傭兵団。

王都で職を失い、復讐と略奪を餌に集められた烏合の衆。

指揮官は、かつて国王に取り立てられた下級貴族だという。


リュシエンヌは地図を一瞥し、頷いた。


「白百合騎士団、出動を!」

「はっ!かしこまりました!」騎士団長ダニエル・アルド―は答えた


その命令に、白百合騎士団員、誰一人異を唱えなかった。


戦いは短かった。

白百合騎士団は防衛陣形を取り、正面から受け止め、側面から断ち切る。

剣は無駄に振るわれず、魔術は必要な分だけ使われた。


傭兵たちは抵抗したが、士気は脆く、すぐに統率は崩れ、逃げ場もなかった。

戦は半日で終わり、残党軍は完全に一掃された。


甲冑姿のリュシエンヌは戦場に立たなかった。

丘の上から、そのすべてを見届けただけだった。


勝利の報告を受けたとき、彼女はただ一言だけ告げる。


「埋葬を丁重におねがいします。略奪は許しません!」


白百合騎士団は、その命を忠実に守った。


数日後、領地には再び静けさが戻る。

畑には人が戻り、子どもたちは道を走り、夜には灯りがともった。


人々は知った。

この地には、暴力を振るうための剣ではなく、

自分たちを守るために抜かれる剣があるのだと。


リュシエンヌは城壁の上から草原を眺め、静かに息を吐く。


「これでいい」


白百合は、もう血を求めない。

だが、必要とあらば、再び刃となる。


その確信こそが、この領地の安寧だった。

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