Chapter7「不完全の楽譜・漆」
「さて、今日は色々聞かせてもらおうかしら」
翌日、充分な睡眠をとったルビィ達は机を挟んでレッサと向かい合う。
まるで尋問のような雰囲気である。
「・・・話すのはいいが、ロウド君にあらましは伝えなくていいのか?」
「伝えたわよ」
「正直、覚えなきゃいけないことがいっぱいで大変でした・・・」
だろうね、とレッサは呟く。
先に話したのがルビィという外れ値だったせいで、どうにも基準が狂うが
自身の孫と大体歳が同じだったらとなると、ルビィと話した内容を理解するには時間が必要だろう。
「・・・一応聞くケド、こいつが全部聞いて1から100まで理解するまで説明する時間ってある?」
「・・・確証は無いが、現実的ではないだろうね」
「だから分かる所だけ分かればいいし、最低限やるべき事が分かればいいの
・・・そういうワケだから、質問はこいつがやるわ」
「・・・よかろう」
ルビィの"まさかこんな幼気な子の質問をはぐらかすワケないだろうな"という言外からくる圧力に、渋々といった様子で頷いた。
「あの、早速なんですけど・・・なんで僕たちは・・・じゃない、レッサさんの孫は、牢屋にいたんですか?
・・・なにか、悪いことをしたんですか?」
「・・・あの子は、あの監獄で産まれたのだ。
だから、悪いことなど何もしていない。
あの監獄で亡くなった、両親もね」
「え・・・」
ロウドからの純粋な疑問に対し、レッサは思い出したくもない隠しきれない苦痛を乗せて答える。
その内容を、瞬間に受け止めきれないロウドは硬直する。
「・・・じゃあ、どうして」
10秒前後・・・数字に見合わぬあまりに重く長い10秒。
その間をおいて、ロウドは質問を重ねる。
「・・・あの子の父親は末端の騎士、母親は一般人だった。
討伐期で重傷を負った父親は、その次の月の討伐期に影響が出るほどだった。
よって、足手まといにならぬよう休養を要請したが・・・それは、教皇に却下された」
教皇に逆らう、ということはまず難しいだろう。
だから次の討伐期で亡くなる、と一瞬頭を過ぎったが
レッサは言った───監獄で亡くなった、と。
「母親は、子供を宿していた。
これからだというのに、いま父親が亡くなっては育てられない。
だから母親は直訴したのだ。
その上で、父親を出撃させないよう引き止めた。
その行為が、教皇の逆鱗に触れたのだろう。
二人は捕らえられ、監獄に閉じ込められた。
それらを私が知ったのは、監獄に閉じ込められた後だった」
両親にとっては親でもあったレッサに相談は無く。
何も知らぬうちに教皇に対する反逆として、日の当たらぬ場所に閉じ込められた。
「私は何度も懇願した。
釈放してくれ。
それが駄目ならば差し入れを許してくれ。
それでもと言うなら面会を許してくれ。
最悪私も閉じ込めれば良い、と。
・・・しかし、何一つ訴えは届かず。
監獄の劣悪な環境で、重傷が祟った父親が先に亡くなり
母親は、あの子を産んで5年もしないうちに・・・衰弱死した」
何も知らぬうちに手が届かなくなり
そして何も目にする機会すら許されず
幸せの一歩になるはずだったそれらは無念にも失われた。
「・・・・・・・・」
孫だけは救えた。
せめて残った家族と言える命。
それは良かったと、そう言えたら簡単だが
・・・言えない。ロウドの口からはとても言えたものじゃない。
ルビィなら言ったかもしれない。
しかしルビィもまた、その事で口を挟まない。
(・・・それでめでたし、じゃ終わらないでしょうね)
なんとなく、その先がありそうで嫌な予感がしたから。
聞いている限り、絵に書いたような暗愚で暴君。
当時の教皇は恐らくデイビッドの祖父に当たるだろうが、信じたくない。
「・・・孫だけは、孫だけは生き残った。
救えた。それでいいではないか。
・・・そうなれたら、私はこうはならなかった」
そしてルビィの予感は
残念ながら、的中する事になる。
「───鎮魂の奏者よ、いるのだろう!?」
家の外から、苛立った男の声と
ドアを叩き破る勢いの音が響く。
「っ、な、なんですか・・・!?」
「・・・知りたいならば、聞き耳を立てるといい。直ぐにわかる」
突然の声と音に怯えたロウドに、ただ一言。
レッサは部屋を出て、玄関に向かう。
ルビィ達はいま部屋の中であれば自由だが、そこからは出られない。
よって、部屋の扉から聞き耳を立てるしかない。
「昨日、反逆者どもの娘を引き取ったな?」
「・・・確かに、私の権限を行使しましたな。
それが、如何なされた」
「余計なことをしてくれたな。反逆者達は一族郎党皆殺し、それを果たせたやもしれんというのに」
発せられる男からのあからさまな怒りの声。
それに対するレッサの対応。
鎮魂の奏者という重役が、下手に出るような言葉遣いをするのであれば、尋ねてきたのが誰かなど限られている。
「・・・教皇様、囚人による討伐期の同行は死刑ではなく、あくまで反省を促すものなはず。
そもそも、あの子自身の罪は無いはずです」
「その建前をいま、どの程度機能している?ん?
罪ならばある。反逆者の胎から生まれた罪だ」
信じたくはなかったが、声の主は教皇だった。
島の呪いがなくなる前のルビィ達の状況も地獄だったが、これはまた別の意味で地獄だ。
教皇はこれでは、怪物がより増えるのも納得しかない。
「未だ跡継ぎの無い鎮魂の奏者よ。おまえを斬りたくはない。
理解しろ、勅命だ」
「・・・それがわかっておられるならば、どうか理解していただきたい。
あの子は、私の孫です・・・あの子まで失ってしまえば、奏者としての生き甲斐すらなくなります」
「ほう。そういえばあの夫婦の時にも食い下がったな。
私と聖樹への忠義よりも大事か?」
どうあっても揺るがぬ暴君の無茶苦茶ぶりに対し、レッサは食い下がる。
いまこの世界における台本なのだろうが、そうとわかっていても悲痛でしかない。
食い下がるレッサに対して、一択しかありえない問いを投げる。
「・・・どうか、どうかご理解を。
もしどうあっても赦さぬのであれば、私ともども処刑するがよろしいかと」
それに対し、なお食い下がる。
賭けとしか言えない、自身の首をも差し出すような一手。
「教皇様に逆らった罪人、その血縁であれば私も同様なはず」
「・・・くくく、私が敢えて寛大にも言わなかったことをおまえが言うのか」
跡継ぎが見つからぬ鎮魂の奏者。
ある意味で言えば、その身の安全を保障するもの。
それすらも差し出して、食い下がる。
その滑稽さに、教皇も笑みをこぼす。
「よかろう、一か月後の討伐期にておまえの孫を参列させるがいい。
生き残ったその時は、おまえ共々赦してやろう。
その時が来るまでは、仮釈放として扱ってやる」
そして笑みをこぼしたまま、教皇は条件付きでそれを赦した。
「それまで傷を舐めあうといい
──今度も、生き延びるといいなあ?」
聞き耳しているだけでもわかる、去り際の一言。
それから暫くして、レッサは部屋に戻ってきた。
「・・・聞いたな?」
「は、はい・・・」
「・・・めでたしでは終わらなかったのだ。
この教皇の命により、私の孫は囚人と騎士たちとあわせて討伐期に参列。
私もまた、奏者として討伐期に赴き・・・」
先ほどの教皇とのやり取りは、あくまで地獄の一端。
結末ではなく、通過点。
そして、レッサは着地点を知っている───
「───私は暗殺され、孫も怪物に殺されたのだ」
───その結末を、絶望と憎悪を滲ませて
決まったその結末を二人に告げた。
「え───あ・・・え・・・?」
「ロウド・・・!」
ロウドは、その言葉の意味を理解して
受け止めきれず、呼吸を忘れた。
純粋な疑問を投げかけたゆえの、あまりに救いのない未来。
ルビィはすぐに抱き寄せる。
この世界のことを理解すればするほど、そこには救いがない。
孫が死亡する結末──つまりそれば、その
「・・・最低限やるべき事が分かればいい、といったな。
やるべきことは何もない。私ではどうすることもできないし、君たちもこの世界の仕組みに抗えない。
それを私は、繰り返してきた。ここに取り込まれた君たちもまた、繰り返すのかもしれないな」
暗い、昏い、絶望と憎悪に浸かりきった瞳が二人を見た。
そのあまりの昏さに、ルビィは息を吞んだ。
それでも、いや、だからこそ
「なら・・・この世界は何のためにあるの・・・!
アンタ達の救われない世界を繰り返すことに抗えないなら・・・この世界は何の目的で存在するのよ!!」
この舞台の存在意義を問わねばならない。
まったく意味が分からない。
理不尽な末路以外を認めぬこんな世界に、何の意味があるという。
「・・・ここは聖樹に宿る、悲劇の欠片」
レッサは踵を返して、語る。
「私は・・・我らは、憎悪を聖樹に在るあの方々に捧げる器」
悲劇は覆らない、覆らせない。
終わった歴史は変わらない。
「我らは、いつしかカミシロを終わらせる一欠片。
絶望と憎悪によって、信奉する───その中の1人だ」
悲劇となった記録
或いは無念の監獄
少年少女は、それに理不尽に巻き込まれただけの哀れな異物。
悲劇と無念より生まれし絶望と憎悪を
歴史に消えた、ある者達に捧げることのみを許された舞台。
避けられぬ結末───それが、少年少女が挑むべき敵の正体だった。
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