Chapter2「不完全の楽譜・弐」


「なによ、これ・・・」


ルビィは呆然とした。

珍しく安らかな曲にうたた寝してしまったのが悪いのだろうか。

いや、そんなわけがない。

いくら悪や憎悪に通ずるからといっても、あまりに脈略がない。


しかしルビィが一瞬でもそう思ったのには理由があり───



「なによこれーーーッ!?」



───それは、目が覚めたらそこは監獄だったからである。



── 不完全の楽譜 ──




「んんっ、ルビィ、さま・・・?」

「何処よここ!?カミシロの監獄とは地形違うじゃない!?」

「か、かんごく・・・?」

「そうよ!!監獄くらいわかるで・・・しょ・・・」


あまりに意味不明な状況に思わずヒステリックになったルビィの声で、ロウドは目を覚ます。

そしてそんな起き抜けの彼に、今の状況をなんのクッションも置かず端的に伝えてしまった。

気づいた時にはもう遅い。

あんなに安らかな寝顔だった彼が、今にも泣きそうな顔をしていた。



「・・・僕、閉じ込められたの?」

「え、ええ、そうだけど、ちょっと待ちなさい?」

「僕、わるいこと、したのかな・・・」

「してない、してないから!」

「もしかしてお母さんが───」

「アンタの母親がそんなことするわけないでしょ!

あーもうッ!!」


起き抜けにあんまりな情報にパニックになって泣き出したロウドを、やけくそになったルビィは抱き寄せた。


(ガラじゃないわよ、コイツのせいで、もうッ!!)


しれっとロウド達親子の善性を全面的に肯定するようなことを口にした上に

そんな子の心を守るかのような行動。

絶対そんなのガラじゃないと、ルビィはイライラした。

かと言っても、やめはしないのだが。



「・・・落ち着いた?」

「・・・・・・・・ルビィ様、ごめんなさい」

「・・・アタシが冷静じゃなかったのに、アンタが冷静でいられるわけないでしょ。謝んないで」

「・・・はい」


要は"こっちも悪かった、気にしないで"の婉曲表現なのだが、何となくロウドは感じ取ったのか素直にロウドは頷いた。

そういうところもルビィの調子を狂わせつつ、悪くないと感じさせる一つなのだがそれはさておき


「・・・安心させたところ悪いケド、ここが監獄・・・牢屋にいまアタシ達がいるのは間違いないわ。

見える範囲で分かるのはそれだけ。

しかも、カミシロでいま使われている監獄と地形や様式が違う。アタシの知る監獄じゃないの」

「やっぱり、此処がどこか分からない・・・ってこと?」

「・・・そうね、分からない。分かろうにも情報が足りないわ」


落ち着いたところで、やはり事実は伝えねばならない。

誤魔化そうにも、見えないロウドでもすぐに分かるくらいに空気が違う。


「でも・・・いままさに情報が来るわね」

「・・・!足音・・・!」

「ええ、誰か来る・・・」


一度抱き寄せるのを解いて、手だけは繋いでおく。

いまルビィ達がいる牢屋に、誰かが近づいてくるのが分かる。

何が来るのか分からないが、それも含めて何かの情報源。

それ故に恐れてばかりではいられない。


「騒がしいぞ!!■■番!!」

「っ・・・!?」

「えっ・・・いま、なんて・・・」


鉄の檻を挟んでやってきたのは、誰がどう見て誰が聞いても看守だった。

なんの不思議もない、が

発した言葉に合わせ、耳にノイズ走った。


看守の言葉にではなく

看守の言葉にあわせ、耳に直接。

強烈な違和感───お前たちは想定されていない、と拒絶されたように。


「明日は討伐期に同行する栄誉が与えられたのだ!!今のうちに良い夢をみておけ!!」

「────は?」

「・・・え」


何が起きたかを整理する時間が与えられることはない。

続けざまにを耳にした。


「討伐期・・・?討伐期って言った!?」

「貴様に質問する権利は無い!慎め!」

「なっ・・・!?」


討伐期───それは、カミシロにまだ呪いが残されていた時の伝統。

カミシロの結界の向こう側は、赫い星の怒りによって呪われていた。

その呪いの地には、カミシロの地に踏み入れている者たちの悪意や記憶の中の悪を読み取り、悪意の怪物として際限なく現れる。


それをカミシロで鍛えし騎士達が、定期的に結界の外に出て結界の周囲の怪物を討伐。

結界を破壊し、滅ぼさんとする脅威を可能な限り削り取る一時的な処置。

それを討伐期と、カミシロでは呼んでいた。


しかし、討伐期は二度とないはず。

呪いは祓われたのだから。


「っ・・・!同行ってどういうコト!?いくら囚人でも、人材を無駄に削る政策は認められなかったはずでしょ!」

「貴様に質問する権利は無い!慎め!」

「このっ・・・!」


ルビィの語気は強まる。

自身が産まれたカリスト=ウィリアムズが教皇だった時代。

その時には既に、騎士以外が結界の外に行くことは固く禁じていたはず。

理由はルビィの言う通り。

ウィリアムズ家が隠蔽した歴史と、教皇を支持させる建前とはいえ、政策そのものは真っ当だった。


こんな時代に逆行した暴挙などありえない。

しかしルビィの指摘──もとい糾弾に似た質疑は2度も一蹴された。



「アタシが誰だか分からないの!?」



頭に血がのぼったルビィは、鉄の檻を掴み叫ぶ。

カミシロで自分を知らない者など居ない。

産まれた時から、それが当たり前だった。

激昂したルビィがそういえば、誰もが一度は狼狽えたはず。


「貴様に質問する権利は無い!慎め!」

「─────ッ!!」


しかしやはり、その激昂すら一蹴される。

もはや感情は噴火を迎えた。

目を見開き、奥歯を食いしばって軋ませる。


「・・・・・そう、じゃあその身をもってわからせてアゲル」


一周まわって冷静に

久しく感じなかった己に、殺意を感じる。

それも、呪いによるものではない

純然たる、己の怒り。


虚空に手を伸ばす、そこにはいつものように愛用の鎌がある。





「────は?」




しかし、手は空を掴むばかり。

そこにあるはずの力は、現れなかった。

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