2-10.土曜の灯り

毎週土曜日は剛の店にそろって顔を出す、というのも、いつの間にか習慣になっている。21時になると、にぎやかないつものメンバーがやってくる。


「疲れたっすー、やっと終わったっすーー、もう働きたくないっすーーー」


まずやってきたのは和也君。このあたりの地区担当の宅配ドライバーだ。指先ひとつでもなんでも買える時代だもの、お届け物が多くて大変そう。


「ピッピさん、みなさん、おばんでやんす!彩さん、ホール代わります~。」


言いながら奥から出てきたのは、はるちゃん。近くにある国立大学の3年生。軽音楽部でベースを担当している。彼が所属しているバンドは大人気で、彼が週末助っ人でこの店に入ることを知っているファンの女の子もこの店ではよく見かける。


ちなみに、ピッピさんというのは和也君のあだ名のようなもので、みんな彼のことを「和也」、「和ピ」、「和ピッピ」など好きに呼んでいる。当の和也君は、自分が何と呼ばれようがお構いなしで、しかしどんな呼ばれ方をしてもきちんと自分が呼ばれているかどうかを把握して、お返事を返してくれる。


この街の人はみな、和也君のことを自分の地区を担当するドライバーという以上の親しみを持って覚えていて、わたしはひそかに「コミュ神」として崇めている。


「おい和也!また路駐してんじゃねえか。レッカーされる前に移動しろ!!」


外から帰ってきた剛は今日も怒っている。


「ぎゃー、怖いっす。すぐ行くから許してほしいっす。その前に彩さん、僕にココアを入れてほしいっす!」


「はーい」


ココアはこの店のメニューにないのだが、まるで当たり前のように注文が通り、やがてテイクアウトの形で和也君のもとに運ばれてくる。噂によると、和也君専用の裏メニューがあるらしい。


和也君の希望を聞いて作るとその後この店の人気メニューになることが多いらしく、剛も彩ちゃんも次は何を頼まれるのかを楽しみにしているところがある。

 

「こぉんばぁんわぁ」


ココアの他に、彩ちゃんお手製のクッキーをもらってほくほくと出かけようとする和也君と入れ替わりでやってきたのは、宏さん。何やら大皿を抱えている。


「こら宏ィ、料理屋に料理持ってくるなって言っただろ!」


怒られても意に介さないようにへらへらと笑いながら、宏さんがカウンターにそのお皿を置く。


「今日釣ったお魚を、カルパッチョにしたよぉ」


すでに結構酔っているらしい宏さんだが、そんな状態でもいつも、お店で出てきてもおかしくないレベルのお料理を持ってきてくれる。この店の常連は、宏さんがご機嫌で持ってきてくれるお料理を楽しみにしている節もある。土曜日は、その率が高いので、特に見慣れた顔が集まりやすいのだ。


「宏さん~、僕の分も寄せてほしいっす~!」


和也君が慌てて戻ってくる。そういわれるのが分かっていたとばかりに、使い捨ての持ち帰りパックを取り出した宏さんは、一人分を取り分けて、ちゃんと手提げ袋と割りばしも入れて持たせてあげる。


「平和だねえ」


「だな、平和が一番」


土曜日のこの光景を見るのがわたしたちは大好きだった。わたしも修さんも、前に出るタイプではないので、いつも賑やかな彼らの会話を決まった位置でにこにこと眺めている。

 

ふと、わたしの左隣に小動物のような女の子がやってきた。彼女はユイちゃん。どうやらシステムエンジニアをしているらしい。彼女も積極的に話をするタイプではないので、同じタイプとして落ち着くのか、わたしと修さんになついていて、盛り上がるみんなを見ているわたしたちの横に座って、スマホでオンラインゲームに熱中していることが多い。


「ひとりは、寂しいからな」


いつだったか修さんが言っていた。わたしは、ひとりになりたくて、その時間を作ろうとしてきた時間のほうがいつの間にか長かったように思うけれど、そうやって誰かを気遣って口にする修さんの静かな優しさがいいな、と思って、ただ「そうだね」と笑い返した。


修さんも、ひとりが寂しいと思うことがあったの?聞いてみたいと思ったけど、それを尋ねるのは、その優しい時間を壊す気がして、そのまましまいこんだ。彼が、ひとりが寂しいと思うことがあったとして、今ひとりではない。その方がよほどわたしには大切なのだ。


ユイちゃんの口に、食べやすい量の食事を運ぶと、こちらを確認することもなく、口に入れる。それがまた、たまらなくかわいい。ちなみに、彼女の口に食事を運べるのはわたしだけで、他の人からは食べないのが、わたしのひそかな自慢だ。


「みおさん、シューさん!カルパッチョおまたせしやしたっ。あとこれ、マスターの試作品のブルスケッタね。」


はるちゃんが、白熱灯のような笑顔で運んでくる。宏さんが持ってきたお料理に合わせて、負けじと、でも邪魔をしないものをそっと添えてくれるところが剛らしい。


「ユイち、こっちは彩さんのクッキー。これならゲームしながらでも食べられるだろうって。」


ユイちゃんには、よそ見をしながらでも食べられるものを。ユイちゃんは、一瞬目礼して、また自分の世界に戻っていく。ちょっとわたしに寄りかかっているのがかわいい。


「あれ?シューさん、その財布についてるやつ、みおさんとお揃い?」


はるちゃんが、修さんが取り出したお財布についているチャームに気が付いたらしい。落ち着いた色合いのタッセルと、雪の結晶がついたもの。


「いいだろ?ミオが考えたんだよ。」


穏やかに、修さんが返す。


「修さんて、雪みたいなところがあるじゃない、つかみどころがなくてさ。似合うよね。」


笑いながら、説明する。はるちゃんは相変わらず、その場を照らすような顔で相槌を打っている。


「カップルみたいだねぇ」


宏さんが、冷やかすというよりは、こころから「いいねぇ」と包み込むような温度で言う。


修さんは、「だろ?」とだけ。いつも通りの、どうとでも受け取れる、手短な応答。


それなのに、心は勝手に肯定のほうにころがって、頬が緩んでしまう。


連絡先も知らないままなのに、と胸の端が笑う。


事実がどうであれ、彼の隣にはわたし、わたしの隣には彼がいることが、ここではすっかりあたりまえになったことが、わたしの心をとてもあたためた。

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