2-7.新たな地面
そこからはまた、黙々といつも通りの作業。ただ、どうにも自分の中のもやもやした気持ちだけが残る。
「ねえ修さん、近くにさ、わたしの友達がやってるご飯やさんがあるの。今日はそろそろ切り上げて、夜ご飯一緒に食べない?」
剛の店に行くのは久しぶり。といっても、準備作業が始まった2週間ぶりくらいではあるけれど。わたしが誰かを連れていくことは珍しいので、一瞬剛も彩ちゃんも交互にわたしたちを見るけれど、それだけ。
「こちらは修さんだよ。今、宏さんのところで冬まつりの準備を一緒にしてるの。今日は早めに切り上げて、ご飯を食べることにした。」
なんとなく、言い訳がましい説明をしてしまう。わたし以外の3人は、何も気にしていないようで、意識した自分の方が恥ずかしくなる。
「ちょうどよかったわ、美音、クリスマスのメニューいくつか考えてみてん。試食してけ!修さんも!」相変わらずの大きな声で剛が言い、彩ちゃんが暖かいおしぼりをくれる。さっきの緊張が一気に緩んで、あとは剛と彩ちゃんのおいしいクリスマスメニューを楽しんだ。
帰り道、お酒を飲んだわたしはすっかり楽しくなって、いつもより足取りも口もより軽くなっていた。
「ねえ修さん、さっきの佐藤さんのさ、どうしたらいいんだろう」
ハテナを顔に貼り付けたような修さんが見えるけど、今日は気にしない。
「付き合ってってやつ」
「別に、どうもしなくてもいいんじゃないか?」
「うーん。そうだけど。」
「わたし、パートナーを選ぶなら、修さんがいいな。」
いった瞬間、足元がふっと軽くなって、次の一歩がどこに落ちるか、わからなくなる。
少し間をあけて、でもこちらが言ったことを後悔させない速さで
「光栄だね」
修さんが返す。
あげた右足は、ちゃんといつものアスファルトに着地した。
それ以上も、それ以下もなく、それぞれ家に帰った。
翌日も、その翌日も、まるで何事もなかったように、朝挨拶をして、夜は作業を進める。特別なことは起きず、いつも通り。
そこへまた、佐藤さんがきた。
「みーおちゃん、どう?付き合ってくれるか決まった?」
眉間にしわが寄ってしまう。どうしてこの人はこうなのか。
すっと、修さんが立ち上がって、わたしの隣に座る。
「ユウト、わたしたちは、付き合うことになったからな。」
思わず、えっ?という顔で修さんを見てしまう。修さんは、いつも通り。明日は月曜日だからな、というのと同じ熱量しか感じない。
「えー!そっか、おめでとー!」
佐藤さんもまた、だね、明日はプラスチックごみの回収だね、というような軽さで返し、「じゃ、夜勤行くねー!」と消えた。
あまりにも修さんが普通なので、今のはどういうこと?と確認することもせず、またいつも通り作業をして、帰る。思えばこの時、ちゃんと確認しておけばよかったな、と、あとから考えても取り返しがつかないことってある。でも、それに気が付くのはたいてい、取り返しがつかなくなってからなのだ。
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