2-2.名乗らない二人
「あ。」
いつも通りネットを広げようとして、大きなほころびがあることに気づく。昨日の古紙ごみの日、段ボールの端にでもひっかけてしまったのだろうか。
「それくらいなら、直せるよ。」
何事かと思って様子を見に来てくれた彼が、ネットを手に取る。一度家に工具を取りに行き、開店前の店の奥、わたしの事務所として使っている部屋で、慣れた手つきでほころびを直していく。
スーツ姿があまりにも様になっているから気にしたことはなかったけれど、手をよく使う、働き者の手をしている。現場から出世した人なのかしら。また余計なことを考えてしまうけれど、これは間違いなく、聞いたらだめなやつ、と、自分の中にある「NG質問集」にさっとしまい込む。そうしている間に、あっという間にネットはまた、使えるようになった。
「どうもありがとう、助かった。えっと、ごめん。今更だけど、何さん?」
もう1か月以上も会って話をし続けてきたのに、今更ながらお互い名乗っていなかったことに気づき、尋ねる。さすがに彼も、名前くらいは聞いても怒らないんじゃないか。
「シラフ」
「素面?」
健康診断では、「週にお酒を飲む頻度:5日程度」となんとなく見栄を張っているが、実際のところ、毎日飲酒をする、酒屋の娘として地産地消を惜しまないわたしの残念な思考を、彼もすぐに理解した様子で、情報を追加してくれる。
「色の白、都道府県の府で白府。」
わたしと同じ勘違いをする人もこれまで散々いたのだろう、意に介さない様子で教えてくれる。
「下の名前は?」
「履修の修で、オサム」
「あはは、修理の修、今日にぴったりだ。修理の修さんだね!」
別に昨日のお酒が残っていたわけではないと思うけれど、なんだかひとつ彼の秘密を知ったみたいで、嬉しくなってしまったわたしは、いつもよりまた少し気安くなってそう呼ぶ。
「うん、いいよ、シュウで」
「わたしはね、村雲美音。村に雲が流れて、美しい音が響く。きれいな名前でしょ?」
「だな」
思ってるんだか、思ってないんだか。相変わらず感情が読めない、でも、拒否はされていないことが伝わる相槌で、彼が笑う。
「ミオ、覚えた」
平均寿命も折り返しにかかり、この年になって異性に呼び捨てにされるということは、家族か、昔からの友人たち以外であまり起こりえない。普段距離を取りがちな人だから、なおさらびっくりして、小さく心臓がはねたが、まあ、勘違いする年でもない。
「ほんと助かった、ありがと。朝からお時間を取らせてごめんね。御礼は改めて。」
そういってまた、いつも通り、「行ってらっしゃい」と送り出し、朝の支度に戻った。
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