1-2.知らない人

「まあ、せいぜい燃やせるのは、引越しで出た不要な思い出くらいですけどねー」


独り言をいいながら、壊れた木製の写真立てなどを放り込み、口を縛る。


この街独特のゴミの出し方は、教えてもらってもう大丈夫。社会に出るまでの22年という長い時間の中では、すっかり甘えてこんなルール一つ知らなかった。まあ、覚えていないだけかもしれないが。それにしても、表に出してネットをかけておくだけなんて、城下町にしては少し雑じゃないだろうか。景観的にも、カラスにしても。


そんなことをぶつくさと考えながら、表に出る。夫に無視されるたびに、わたしはすっかり自分との会話がうまくなった。


10月になったばかりの朝は、秋の訪れを感じさせる冷たさがある。でも、ずっと北国で生まれ、育ち、暮らしてきたから、まあ、夏の服に1枚はおるくらいで平気。この後また、夏の名残りを感じさせる気温になるのも知っている。温暖化って、昔から言われては来たけど、こんなに体感するものだとは思わなかった。


ふと、2軒隣のマンションの前に、同じようにゴミ袋を抱えた人影を見つける。この時間、表に出ている人は珍しい。すっかり老人が多くなったこのあたりでも、みんなもう少し後に動き始めるのに。


小6で母とこの家を出た。その後は同じ市内ではあったけれど、何度か引越しを繰り返していたから、少し情報は古い。それでも、この商店街の多くの家は、どこが誰の家で、何人家族で、それぞれがなんの仕事をしているのかまで把握出来てしまう程度には田舎で、密。


ただ、どうやらわたしのその住所録の中には載っていない人のよう……な、気がする。歳と共に、そういう自信もなくなる。


この街でそんな上等なスーツと靴、買うところあったかな。とっさに値踏みした自分の品の無さに、自分でブレーキをかける。朝5時の道端に、ゴミを抱えて立っていていいような人ではない、と、思う。そうか、転勤の時期か、大変だな。


「捨てる場所ですか?」


声をかけてみる。わたしより15センチほど高そうな視線がこちらを向く。少し気難しそうかな?と思ったのは一瞬で、すぐによそ行きだけど、感じは悪くない、そんな顔をする。ちゃんとしたお仕事の人なんだろうなあ、と思う。雰囲気だけが先行し、あまり顔そのものの印象は残らない。


「そうなんです。前に出すようにとは聞いたんですが、ステーションがないようで……」


そうそう、家の前にゴミを出すって聞いたら、普通そこにゴミステーションがあると思うよね、と心から共感する。ましてマンションなら、普通あるよね、専用のゴミステーション。でも、ない。彼の住むであろうマンションは、わたしと歳があまり変わらないのだ。大昔、恐竜がまだこの時代にいたときのゴミの捨て方に準じている。


思わず笑って、「前っていうのはね、ほんとに前に出すんです。でね、このネットをかけるの。あなたは持ってないみたいだし、マンションなら共用のものがありそうだけど、それも説明されてないみたいだし、今日は一緒にうちの前に置いてはどうですか?」と声をかけて、はたと思う。燃えるゴミというのは、その人の生活感がいちばんリアルに出てきてしまう。それを、人に預けるというのは、踏み込みすぎただろうか?


しかし、彼はふわっと、降り始めの雪のような柔らかさで笑い、一言「助かる」と言った。


「じゃ、どうぞ」そう言って、ネットを持ち上げる。彼はサッと置いて、「ありがとう」と言った。


「この時間からお仕事ですか?行ってらっしゃい。」まるで近所の小学生に声をかけるように、わたしも声をかける。それだけ。「はい、助かりました、では。」彼は、見られて困る生活など、そもそもゴミに出すこともないような気軽さで、それを置いて、綺麗な姿勢で歩き始める。


「あ、ネットはそこの、踏切の手前にあるドラッグストアで買えますからね。」念の為伝える。彼は丁寧にこちらを振り向いて、もう一度笑い、立ち去った。

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