瑞花山学園、焼肉弁当すり替え事件

ヤマナマヤレ

第1話

「凛くん!ねぇねぇ、この後ヒマ?」


凛とは僕の事だ。月影凛。ちょっと女の子っぽい名前が悩みなんだ。

春にこの高校に入学した僕は、隣の女子の呼ぶ声に、早速面倒に巻き込まれそうな予感がしていた。


月影 凛: 「あのさ、大きな声で僕の名前呼ばないでくれる?恥ずかしいから…」

「いい名前なのに、凛くん、めっちゃいい名前だよ!」

月影 凛: 「えっと、それで隣の席の女子Aさん。どういった御用でしょうか?」

「えー!凛くん、なんでそんなこと言うの?大月彩花だよ!今日こそちゃんと覚えてよ!」


彩花は両手を腰に当て、少し不満そうに眉をひそめる。

3時間目の授業が終わって、教室はざわめいていた。

生徒たちは教科書をまとめたり、椅子を動かしたりしている。

凛は、ふと窓の外を見やった。すると、そこには快晴の空が広がっていた。


月影 凛: (昼寝日和だったのになぁ…)「ふわーあああ」(欠伸をする)

大月 彩花: 「眠いの?私もね花粉症の薬を飲むと眠くなるから、同じ?」

月影 凛: 「いや、そういうのじゃないよ。」

月影 凛: 「でさ、その、大月さんは、この後新入生部活動勧誘会を見に行くんでしょ?そろそろ行った方がいいよ?」

大月 彩花: 「え!なんで知ってるの?!」彩花は両目を丸くして、凛を見つめた。

月影 凛: 「そりゃね、今日は3時間目で終了でこの後は勧誘会だけだし、手にしっかりと勧誘チラシを握ってるしね。」

大月 彩花: 「なるほど!じゃあ行こっか!」彩花は凛の袖をしっかりと握った。

月影 凛: 「ちょ、ちょっと待って、なんで僕の袖掴んでんの? 僕興味ないから家に帰えろうと思ってたんだけど」

大月 彩花: 「一緒に部活見ようよ!きっと楽しいと思うんだよね!」

彩花はキラキラとした目で凛を見つめ、もう片方の手でチラシを振りながら言った。

月影 凛: (だ、ダメだ、この子には勝てそうにない)

こうして、凛は彩花に引っ張り出される形で部活動勧誘会を見に行くことになった。


---


午前中、彩花は凛を引き連れて、校内を縦横無尽に駆け巡った。

体育館ではバスケットボール部の熱気あふれる練習風景が目に飛び込み、音楽室からは華麗なピアノの音が響き渡っていた。

剣道部の面々は真剣な表情で打ち込み、演劇部の生徒たちは大きな声でセリフを練習していた。

凛は、彩花の明るい笑顔と、次々と紹介される部活動の熱気に圧倒されていた。


大月 彩花: 「ふーっ、見て回ったね!いろんな部活があって、すごいワクワクするよね!昼食の時間だしカフェテリアで何か食べよう?」

月影 凛: 「そうだね、お腹空いたなあ。」


二人はカフェテリアに入ったが、この日は授業が午前中までだったので、簡単な物しか置いてなかった。

おにぎりやドリンクを買って食べることにした。


大月 彩花: 「どう?何か気になる部活はあった?」凛の顔をじっと見つめて笑顔で尋ねる。

月影 凛: 「とても部活が盛んな学校だったんだなぁ。」(まあ、部活はやらないつもりなんだけどね)


彩花は目を輝かせ、様々な部活動について熱く語っていた。

凛は彼女の話を聞きながら、おにぎりを頬張る。

テーブルの上には、凛が手にしたお茶のペットボトルと、彩花が選んだジュースが置かれている。

窓の外では、午後の陽光がキラキラと校庭を照らしている。


と、その時

「うわあああああ!!」

月影 凛: 「…え?」


とつぜん、後ろの席から男子生徒の叫び声が上がった。一斉に声の上がったテーブルを皆が見る。


大月 彩花: 「河田くん、どうしたの?」

僕たちは、そこにクラスメートの河田の姿を見つけた。

凛と彩花はテーブルに駆け寄り、声をかけた。


河田 壮介: 「おう、月影に大月じゃないか。聞いてくれ、俺の弁当がおかしいんだ!」

凛は、弁当を見る。蓋には「焼肉弁当」と書いてあった。

大月 彩花: 「その焼肉弁当がどうかしたの?」

河田 壮介: 「ところがどっこい、中身はこれなんだ」


河田は、箱の中身を見せる。そこに映るのは、黄金色に揚げられたトンカツの厚切り。

表面はカリッとした衣が光り、肉の柔らかさと脂の香りが漂っている。

トンカツの上には、ほんのり赤いタレがかかっており、甘みと酸味が調和した色合いを放っていた。


月影 凛: 「焼肉、じゃないな。」

河田 壮介: 「くっそー、俺の焼肉はどこへ行ったんだー」

月影 凛: 「なあ、今日は簡単なおにぎりしかなかったはずだが、この弁当はどうしたんだ?」

河田 壮介: 「これはな、部活勧誘会で部活用に注文した弁当が余っちゃって、先輩が俺にくれたんだ。」

月影 凛: 「へぇ、そんなものがあるんだ。」

大月 彩花: 「カフェテリアに、聞いてみましょうよ」


凛たちはカフェテリアのカウンターに向かった。

そこには整然と並べられた食器などと並んでレジがあり、その前に立つ大柄な従業員がいた。

彼は淡い制服を着ており、笑顔で客を迎える姿が温かさを醸し出していた。


大月 彩花: 「すみません、注文した弁当の中身が違っていたようなのですが。」

従業員: 「どういう事でしょうか?」


彩花は、焼肉弁当のはずが中身が変わっていたことを従業員に説明した。河田が弁当の蓋と中身を見せている。


従業員: 「これは失礼しました。では、焼肉弁当が他に残っていないか見てみましょう。こちらへどうぞ。」

従業員は、カウンターから横にずれて大きな冷蔵庫の方へ手招きした。


従業員: 「申し訳ありません、焼肉弁当はもう残っていないようです。そうなると返品という事でお金をお返しする事になるかとおもいますが。」

河田 壮介: 「そっか、残念だなぁ。でも返品すると昼飯が無くなっちゃうし、俺トンカツでいいや。」


凛は、しばらく冷蔵庫をじっと眺めていた。


そこへ他の生徒が弁当を持って現れた。

他の生徒:「すみませーん、焼肉弁当の中身が違ったんですけどー!」

従業員: 「おかしいなあ、作った時は問題なかったはずなんですが。申し訳ありません、すぐに返金いたします。」

従業員が他の生徒の弁当問題に追われる間に、3人はテーブルに戻った。


月影 凛: 「あの弁当は、話からすると従業員の人が作ったようだね。そんなにいくつも入れ間違えるものだろうか?」

大月 彩花: 「従業員の人、そんなにドジな人に見えないな。疲れてたのかもしれないけど。」

月影 凛: 「もし、弁当を作った後に誰かが中身をすり替えたとしたらどうだろう…」

大月 彩花: 「そんな事があるのかな。でも、もしそうだとしたら何のために?」

河田 壮介: 「焼肉弁当に恨みを持つ人間、あるいは俺に焼肉を食わせたくない奴の犯行だな。」河田が弁当をほおばりながら言う。

月影 凛: 「弁当のラベルを張り替えるだけですり替える事はできそうだが、弁当をすり替える事に一体何の意味があるのか、分かんないな」

大月 彩花: 「ふふ、面白そうだからちょっと調べてみようか? わたし、従業員さんに、他に焼肉弁当を買った部活が無いか聞いてくる。」

月影 凛: 「大月さん?!」


彩花の目が一瞬キラリと光ったかと思うと、カウンターに向かって勢いよく走り出した。凛はそんな彼女を見て、肩をすくめる。

河田 壮介: 「なあ月影、お前入学してもう彼女作ったか?羨ましい奴め。」

月影 凛: 「ち、違うよ。大月さんはそんな関係じゃない。ただあの子の行動力が異常なだけだよ。」と慌てて否定した。

河田 壮介: 「へー、そうかそうか。」

月影 凛: (とても河田が納得したとは思えないな…ほんとに違うんだけどな)


数分後、彩花は元気よく戻ってきた。

テーブルへと戻る足取りは軽やかで、足音がカフェテリアの木製フロアにリズムを刻む。

彼女の顔には、探し物を見つけたときのような満足感と、ちょっとした冒険の余韻が混じっていた。

手に抱えた小さなメモ帳は、まだ未完の調査の証であるかのように揺れていた。


大月 彩花: 「ただいまー!聞いてきたよ!」

月影 凛: 「お帰り。で、何か分かった?」

大月 彩花: 「いくつかの部に聞いただけだけど、少なくとも放送部や手芸部では焼肉弁当の中身が変わってる人がいたよ!」

河田 壮介: 「犯人は手あたり次第かよ。」

大月 彩花: 「やっぱり河田くんへの恨みかな?」

河田 壮介: 「ぶふっ!!」

河田はむせた。

月影 凛: 「それは、河田は弁当を偶然貰ったから、あり得ないと思うな。」

大月 彩花: 「うーん犯人は、焼肉をすり替えて何がしたいんだろう?」

月影 凛: 「犯人が焼肉弁当が欲しかったなら理由は分からないが、トンカツ弁当が欲しかったのなら理由はあるかもしれない。」

大月 彩花: 「そうか、河田君が焼肉焼肉ってうるさいから、トンカツの方を忘れてた。」

河田 壮介: 「それ酷くない?」

月影 凛: 「お昼時間も残り少ない。もし犯人がトンカツを使おうとしたのなら…大月さん、午後の部活動勧誘会は、何がある?」

大月 彩花: 「そうだね…午後の部活動勧誘会は、写真部、軽音部、漫研、卓球部、それに調理部があるよ」

月影 凛: 「よし、軽音部に行ってみよう!」


---


凛と彩花は、軽音部のライブがある講堂へと向かった。

午後の陽光は窓辺を通り、講堂の広い空間に柔らかな光を投げ込んでいた。


大月 彩花: 「凛くん、なぜ軽音部なの?私調理部かと思っちゃった」

月影 凛: 「犯人は相手にトンカツを食べさせようとした。そしてその結果が犯人に一番分かりやすいのが軽音部だと思ったんだ。」


講堂の中央に設置されたステージは、薄い木製のフロアと高い天井に沿って配置されたライトが、まるで星空のように煌めいている。

観客席は数十席にわたり、学生たちの期待に満ちた表情が一列に並んでいる。

軽音部のガールズバンドは、昨年の学園祭で大きな人気を博したという評判を背負い、今日もその期待を胸にステージに立っていた。

演奏が始まり、軽音部のメンバーがそれぞれの楽器を手に取り、静かな緊張感が会場を包み込んだ。

最初に弾かれたのは、軽快なリズムとメロディが交錯するポップス調の曲で、観客席も、自然と足を踏み鳴らすほどの勢いだった。

曲の終わりにかけて、ドラムのビートが徐々に高揚し、ギターのリフが空間を切り裂くように響き渡った。


大月 彩花: 「ねえ、凛くん。この演奏って、曲はいいのに何だか息があって無い感じがするね。」

月影 凛: 「そうなんだ。僕はちょっとこうした曲は良く分からないんだ。でも教えてくれてありがとう。」


演奏が終わり、凛と彩花は、楽屋代わりに使われている教室へと向かった。


大月 彩花: 「こんにちは。」

ボーカル: 「あら、新入生? 早速入部しに来てくれたのかな?」


ボーカルはにこやかに、彩花たちに笑顔を見せた。

その笑顔は、まるで太陽のように温かく、教室を明るく照らしているようだった。

凛は、ボーカルの明るい雰囲気に思わず目を奪われた。


大月 彩花: 「ごめんなさい、実は違うんです。今日軽音部で焼肉弁当を注文した人はいませんでしたか?」

ボーカル: 「あっ、私だよ!注文したのは!」

月影 凛: 「でもその中身は、ひょっとして違っていたんでは無いですか?」

ボーカル: 「うん、そうなんだ。 中の弁当はトンカツで…!」

月影 凛: 「食べなかったんですね? いや、食べられなかった。」

大月 彩花: 「え、どういうこと? 食べられなかったって、なんで?」

ボーカル: 「私は、小麦アレルギーなんだ。トンカツの衣には小麦粉が使われているから、いつも食べないんだ。」

大月 彩花: 「あっ、そういう事…!」

ボーカル:「昼飯抜きのライブはきつかったよ。ちょっとミスったかも(笑)。」

ボーカルは舌をちろっと出して苦笑いした。


凛は、他のメンバーを見てからギターに声をかけた。

月影 凛: 「ギターの先輩、凄くいい演奏でしたね。では、僕達は、これで失礼します。」

ギター: 「…。」

大月 彩花: 「え?凛くん、もう帰るの?」


凛と彩花は楽屋を出た。その後を、ギターが追いかけてきた。彼女は少し息を切らしながらも、凛に声をかけた。


ギター: 「なんで?なんで分かった?」

月影 凛: 「先輩が、焼肉弁当をトンカツ弁当に入れ替えた事ですか?」

大月 彩花: 「!? 」

月影 凛: 「先輩の身長って割と低めですよね? カフェテリアの冷蔵庫の取っ手に手の跡がありました。弁当をすり替えた時に触った跡でしょう。

その位置からして身長が150cmくらいの小形の女性だと思いました。従業員さんは大柄でしたし、差ははっきりしていました。」

ギター: 「…。」ギターは小さく息を吸い込んだ。

月影 凛: 「そして、ボーカルの先輩が焼肉弁当を注文した事と小麦アレルギーを知っている身近な人物、恐らく軽音部のメンバー。

これらに該当するのは先輩です。」

ギター: 「そうだね…そういう事になるかな。」

月影 凛: 「これらの推測に確証はありませんでした。でも先輩は自ら明かしてくれました。」

大月 彩花: 「なんで、そんなことをしたんですか!?ライブを失敗させたかったんですか?」

ギター: 「私は、前にこのバンドのボーカルだったんだ。でも、今のボーカルはすごく上手くて…。みんなに好かれてるし、私は…」

ギターは目を伏せた。「ボーカルを失敗させてやりたいって思ってしまって…」


ボーカル: 「もう一度話し合おう。」


気がつくとボーカルがそこに立っていた。

ボーカル: 「弁当のこと、分かってたんだ。でも、黙ってた…。みんなでバンドを続けたかったから。だから、もう一度話し合おうよ。」

ギター: 「ごめん、ごめんね…バカな事しちゃって…。」

ギターは小さく頭を下げ、ボーカルと共に楽屋へと消えていった。凛と彩花はしばらくその背中を見つめていた。


---


結局この「焼肉弁当すり替え事件」は、すり替えられた生徒達の大半がそのまま弁当を食べてしまったので、公になる事はなく、僕たちの記憶に留まるのみとなった。


大月 彩花: 「凛くん!軽音部の人達、練習再開したらしいよ!メンバーは変わってないって!」


教室から窓の外を眺めていた凛に彩花が話かけてきた。

どうやら、軽音部も無事に収まったらしい。凛はほっと一息つく思いだった。

あの日以降、部活の勧誘活動も落ち着いており、平和な日々が続いていた。


大月 彩花: 「でさ、結局凛くんは、部活はどうするの?」

月影 凛: 「いや、僕は、部活はやらないつもりなんだ。」

大月 彩花: 「そう凛くんが言うと思って、部活の新設届を持ってきたんだけど!」


凛はあっけにとられた。

彩花がにこにこしながら差し出す書類をぼんやりと見つめる。

そこには「推理研究部、新規設立届」と大きく書かれている。既に彩花と凛の名前も書かれていた。


月影 凛: 「え?なにそれ…部活?設立???」

大月 彩花: 「この前の事件で、凛くん、すごく推理が得意だったじゃない? だからこの部なら凛くんに合ってると思うの!」

月影 凛: 「ちょ、ちょっと待って、大月さん」

彩花は、にこにこしながら書類を手に持って立ち上がった。

大月 彩花: 「今から、職員室に届けてくる―!」


月影 凛: 「待っ…!ああっ」


凛は思わず彩花の腕を掴もうとした。

しかし、彩花は機敏に身をかわし、すでに職員室へと駆け出していく。

凛は慌てて後を追いかけるが、足元をひっかけてしまい、机に脚をぶつけて転んでしまった。


それは、まだ春の香りが残る4月末のある日の事であった。

校舎の屋上に吹く風は、桜の新葉をほのかに揺らし、遠くの体育館の音が微かに混ざり合っていた。

薄い青空の下、緑の芝生が揺れ、生徒たちの話し声が遠くから聞こえてくる。

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