第3話 聞いちゃった

「蒼野さん、今日は後輩ちゃん来ないね」

「まぁ……毎日来る方がおかしい気もするけどね」

「そうー?私が蒼野さんの立場だったらちょっと寂しくなっちゃうかも」


わかるわかる、とクラスメイトが口を揃える。

それを聞いていた晴芽は余裕を装っているものの、内心では冷や汗をかきまくっていた。


(毎朝、昼、授業後、毎回来ていたのになんで!?もしかして、ゆあに何かあった?朝、寮を出るときは元気そうだったのに……)


ふと、晴芽はハッとする。


(昨日も気付いたら寝てしまっていたし、ゆあはそのことに怒っているのでは……?言われてみれば、最近は勉強ばかりでゆあに構ってあげられていないし、鬱憤が溜まっていたのかも……)


自分は恋人を見るだけで癒されるから、と、ゆあのことを都合よく扱っていたことに気付く。

これではますます甘えたいだなんて言えない。


「あ、あの……やっぱりゆあのこと心配だから様子見てくるね」


話が盛り上がっているところごめんねと、晴芽は頭を下げて教室を出る。

気持ちが急いでいても廊下を走らないのが晴芽らしい。



「蒼野さんって、ああ見えて後輩ちゃんのこと大好きだよね」

「うんうん。ゆあちゃんのこと見るとき顔違うもん」


いいねぇ、とクラスメイトが羨む。


すると誰かが晴芽とゆあの話を始めたので、教室では本人不在のトークが盛り上がっていった。




***




その頃、話題の2人はすれ違いを繰り返していた。


ゆあが先生に呼び出されている間に晴芽はゆあの教室へ行き、晴芽がその話を聞いて職員室へ向かっている間にゆあは別ルートで教室に戻る。


そんなことが繰り返される間に、晴芽の心は折れかけていた。


(会えない……どうして?ゆあのクラスの子に聞いた感じ、元気みたいでよかったけど、なんでこんなに会えないの!?)


念には念をともう一度ゆあのクラスを覗いてみるものの、目的の人物は見当たらなかった。


(私、避けられてる……?)


これだけ探しているのに会えないなんて、そうとしか思えない。と晴芽は泣きそうになる。

大好きな恋人に避けられているかもしれないなんて辛い以外に言いようがない。


仕方がないので、晴芽は明らかに元気がない足取りで寮に向かう。

もしかしたらもう寮に戻っているのかもしれない。そう言い聞かせて。



けれどゆあは寮にもいないみたいだった。

寮にいるかどうかを知らせる名前のプレートが裏のままだ。


「どこにいるの……」


弱々しい声でつぶやいてみても、あのサイドテールはぴょこんと出てこない。

晴芽とゆあ、2人の部屋の扉を開けても、そこにはしんとした空間が広がっているだけだった。


「ゆあ〜……」


誰もいない部屋では、晴芽の生態は機能しない。

ダラダラと床に寝転がって、綺麗に畳まれたゆあの布団を引っ張り出す。


「いい匂い」


大好きなゆあの匂いに囲まれようと晴芽は自分をゆあの布団でぐるぐる巻きにする。


(こんなところ見られたら失望されちゃうかな)


そうなれば“甘えたい”なんていう自分のわがままなんて口が裂けても言えなくなってしまう。

どうせ言えないのなら、ゆあの布団に聞いてもらおう。

晴芽は自分をぐるぐる巻きにしていた布団を綺麗に畳みなおして、目の前に置く。


「ゆあに甘えたい。甘えさせて?」


いつものはっきりとした声とは違う、ねだるような声をかける。


もちろん布団からの返事はないけれど、晴芽にはYESが聞こえたのだろう。

ニマニマと口角を上げて布団に顔を埋めた。


「ゆあちゃんだーいすき」


晴芽のゆあちゃん呼びは、完全に甘えモードに入った最たるサインだった。




***




「聞いちゃった……」


同じ頃、ゆあは少し開いていた部屋の扉を静かに閉めて、顔を赤くしたまま扉の前でしゃがみ込んでいた。

まさか自分の恋人がそんなことをしていただなんて。自分に甘えたがっているなんて。


「うれしい……」


ゆあの心は高揚した。

今すぐにでも甘やかしに行きたい。

自分の布団に嫉妬してしまう。

でも行けない。今行ったら、絶対にめちゃくちゃにしてしまう自信があった。

本当は貧弱なゆあの理性が、今は無駄に頑張っている。


(あとで甘さで胸焼けしちゃうくらい、いっぱい甘やかそう)


しばらくは扉越しで、ゆあは彼女の姿を想像していた。

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