第5話:逆襲の予約投稿
第5話:逆襲の予約投稿
「……はい。分かったわ、美咲。一日に三話ね。予約投稿の設定も、さっき教わった通りにやっておくから」
私は、受話器越しに、できるだけ感情を殺した声を出した。 喉の奥が、嘘をつく時の特有の苦い味がする。だが、受話器の向こうの娘は、自分の「教育」がようやく実を結んだと信じ込んでいるようで、満足げな鼻鳴らしを返してきた。
『そう。分かればいいのよ。お母さんのためなんだから、感謝してよね。じゃあ、私はこれからSNSの「介護日記」の更新があるから。設定、忘れないでよ?』
プツン、と通話が切れる。 私はすぐさま、スマホをデスクの引き出しの奥深くへ放り込んだ。重い引き出しが閉まる音が、反撃のゴングのように聞こえた。
「……感謝なんて、死んでもしてあげない」
私は、パソコンのブラウザを開き、シークレットウィンドウを立ち上げる。 新しい執筆サイト。メールアドレスも、ペンネームも、今までとは一切繋がりのない新しい自分。 ペンネームは――『閃輝(せんき)』。 あの忌々しい虹色の歯車さえも、今は私の共犯者だ。
(止まらない……。やめられない……!)
脳内に、美咲の声が再生される。『お母さんは識字障害なんだから』『管理してあげなきゃダメなんだから』。その言葉が、私の指先に電気信号となって流れ込む。 私は、カクヨムの投稿画面に向き合った。
一話、一五〇〇文字。 それを、一〇分で打ち抜く。 識字障害の私の目に映るのは、文字ではなく、激しく明滅する「意味の光」だ。指が勝手に動く。キーボードが悲鳴を上げるような打鍵音。
タイトルは、先ほど決めた通り。 『毒親の不幸は蜜の味と毒子はのたまう』。
第一話:管理という名の絞首刑 第二話:三浦綾子を武器にする女 第三話:名付けの死刑執行人 ……
一時間後。 私の指はまだ、止まることを知らない。 一話、二話、三話……。美咲が「一日の上限」と定めた数を、私はわずか三〇分で突破した。 一時間で十話。常人には不可能な、過集中(ハイパーフォーカス)の暴走。
(見てる、美咲? あなたが「病気」だと切り捨てたこの衝動が、今、新しい世界を産んでいるのよ)
内容には、美咲が吐いた猛毒のような台詞を、一字一句そのまま、悪役令嬢『ドクコ』に喋らせた。 「お母様のためなんですもの、感謝して」「一日に三回しか魔法を使ってはいけませんわ」 滑稽なまでの支配欲。それを客観的な文章として叩きつける快感。 蕁麻疹の痒みは消え、代わりに背筋をゾクゾクとするような冷たい熱狂が駆け抜ける。
「投稿」ボタンを連打する。 「投稿」「投稿」「投稿」!
一時間で一〇回。二時間で二〇回。 サイトの「新着一覧」が、私のタイトルで埋め尽くされていく。 それは、美咲が最も忌み嫌う「スパム紛いの爆速更新」。 だが、何かが起きた。
『……え、何この更新速度』 『一〇分おきに上がってるんだけど』 『待って、内容がエグい。実話? これ実話なの?』 『「九つの感謝」の使い方が怖すぎる。鳥肌たった』
コメント欄が、一瞬で沸騰した。 読者たちは、その「異常な熱量」に気圧されながらも、物語の奥に潜む「本物の怒り」に、磁石のように吸い寄せられていく。 アクセス数を示すカウンターが、見たこともない速度で跳ね上がった。
三時間後。 新作ランキングのトップに、私の「復讐劇」が君臨していた。 私は、モニターの光を浴びながら、暗い部屋で一人、声を殺して笑った。
「蜜の味……。本当に、蜜の味ね」
美咲が「戦略的じゃない」と捨てた、私の直感。 美咲が「被るからダメ」と全否定した、私の名前。 それが今、何万人もの読者の心を、ナイフのように切り裂いている。
ピコン、と引き出しの中でスマホが鳴った。 美咲からのスカイプだろう。だが、私はもう見ない。 私は、彼女に「はいはい」と従う「お母さん」を演じながら、この秘密の戦場(アカウント)で、彼女を徹底的に解体してやるのだ。
(アルファポリスで消された千七百作品……。その亡霊たちが、今、あなたの背後に立っているわよ、美咲)
視界の端で、虹色の歯車がまた一つ、優雅に回転した。 私の物語は、一時間ごとに加速する。 娘という檻を、私は言葉の弾丸で、粉々に撃ち砕いていく。
「……さあ、次の十話を上げましょうか」
私は再び、キーボードに指を置いた。 そこには、三浦先生も、娘の正義も届かない。 ただ、書くことへの狂気だけが、私を突き動かしていた。
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