第8話

夜会の翌朝。

 勇者パーティの拠点である屋敷(ローン返済中)のリビングは、お通夜のような空気に包まれていた。


「……借金、総額で金貨5000枚だと?」


 勇者アレクが、テーブルに広げられた請求書の束を見て呆然と呟く。

 昨夜の夜会での賠償金。

 壊れたワゴンの修理費、汚れたカーペットのクリーニング代、そして何より――ミナが台無しにした会場の空気に対する慰謝料。

 それらが雪だるま式に膨れ上がり、彼らの財政を圧迫していた。


「どうするのよアレク! 来月には利子の支払いが来るのよ! 払えなかったら、私のドレスも宝石も全部差し押さえられちゃう!」

「うるさいなソフィア! お前が『王家の威光』でなんとかしろよ!」

「無理よ! お父様、昨日の件でカンカンなんだから! 『自力で返せ』って突き放されたわ!」


 ソフィアが髪を振り乱して叫ぶ。

 聖女ミナは、部屋の隅で膝を抱えていた。昨日の赤ワイン事件がトラウマになり、純白だった精神(プライド)はズタボロだ。


「もう嫌……外に出たくない……みんなが私を笑ってる……」

「くそっ、どいつもこいつも!」


 アレクがテーブルを蹴り飛ばす。

 だが、現実は変わらない。金を稼がなければ破産だ。


「……迷宮(ダンジョン)だ」


 アレクが血走った目で顔を上げる。


「深層エリア『奈落の谷』に行くぞ。あそこにいる『アビスドラゴン』の素材なら、一体で金貨1万枚になる」

「な、奈落の谷!? 正気なの!? あそこは推奨レベル80よ!? 今の私たちの装備じゃ……」

「やるしかないんだよ! 俺たちは勇者パーティだぞ! 本気を出せばドラゴンの一匹くらい余裕だ!」


 根拠のない自信。

 だが、追い詰められた彼らには他に選択肢がなかった。


「よし、出発は1時間後だ! おいミナ、準備しろ! 新しい荷物持ちを雇う金はねえから、荷物は分担して持つぞ!」


          ◇


 1時間後。

 王都の地下に広がる大迷宮の入り口。

 そこには、悲壮な顔をした勇者一行の姿があった。


「……重い」


 ミナが恨めしそうに呟く。

 彼女の華奢な背中には、自分の着替えや食料、簡易テントが詰め込まれたリュックがのしかかっている。

 アレクも同様だ。予備の剣や大量のポーション、ランタンの油などで膨れ上がった鞄を背負い、さらに腰には安物の鉄剣を差している。


「文句を言うな。ルイスがいなくなって、誰も雇えなかったんだから仕方ないだろ」


 実は出発前、彼らは冒険者ギルドで臨時のポーターを募集していた。

 だが、結果は惨敗。

 『勇者パーティ? ああ、あの荷物持ちを追放して、聖女が酒まみれになった落ち目の?』

 『給料未払い常習犯らしいぜ』

 そんな噂が広まっており、誰一人として手を挙げなかったのだ。


「行くぞ。さっさとドラゴンを狩って、借金を返して豪遊するんだ」


 アレクが先頭に立ち、薄暗い迷宮へと足を踏み入れる。

 目指すは地下50階層、『奈落の谷』。

 だが、彼らはまだ気づいていなかった。

 戦闘に入る以前に、「移動」そのものが過酷なサバイバルであることを。


          ◇


 ザッ、ザッ、ザッ。


 地下20階層。

 彼らの足取りは、すでに鉛のように重くなっていた。


「はぁ、はぁ……! ちょっと休憩しましょうよぉ」

「ダメだミナ! まだ予定の半分も進んでないぞ!」

「でも、肩が痛いのよ! リュックの紐が食い込んで……!」


 ミナがその場に座り込む。

 今まで彼女は、手ぶらで迷宮を歩いていた。水筒一本、タオル一枚に至るまで、すべてルイスが四次元バッグ(容量無限の収納魔法)に入れて運んでいたからだ。

 喉が渇けばルイスが冷えた水を差し出し、汗をかけばタオルを渡してくれた。

 だが今は、自分で重い荷物を背負い、ぬるくなった水を飲むしかない。


「おい、明かりが消えそうだぞ! 誰か油を足せよ!」

「私がやるの!? アレクがやってよ!」

「俺は警戒してるんだ! ソフィア、お前がやれ!」

「嫌よ! 手が油で汚れるじゃない!」


 ランタンの燃料切れで揉める三人。

 以前なら、ルイスが『無尽蔵の光(エターナル・ライト)』という魔法で、24時間完璧な光源を維持していた。

 燃料管理も、地図の作成も、魔物の気配察知も、すべてルイスが「息をするように」行っていたのだ。


 彼がいなくなった穴は、あまりにも大きかった。

 物理的な重さと、精神的なストレスが、じわじわと三人の体力を削り取っていく。


「……チッ、雑魚かよ」


 暗闇から飛び出してきたスケルトンを、アレクが苛立ち紛れに叩き斬る。

 ガキンッ!

 嫌な音がして、安物の鉄剣の刃が少し欠けた。


「あーもう! 切れ味わりぃな! ルイスの奴、研ぎ石どこに入れやがった!」

「いないのよ! ルイスはもう!」


 ソフィアの金切り声が響く。

 その声に反応して、奥からさらに魔物の群れが湧き出してくる。


「くそっ、進むぞ! こんなところで止まってられるか!」


 泥沼のような行軍。

 だが、彼らのすぐ背後に「影」が迫っていることに、消耗しきった彼らは気づく由もなかった。


          ◇


「……ひどい有様だな」


 彼らから50メートル後方。

 『隠者の指輪』で気配を消した俺は、暗視ゴーグル越しにその惨状を観察していた。

 手にはポップコーン代わりの『蜜月芋チップス(素揚げ)』を持っている。


 俺の装備は、昨日金貨1000枚を使って揃えた最高級品だ。

 音を消すブーツ、自動温度調節機能付きのローブ、そして背中には最新式の軽量バックパック。

 まあ、重い荷物はすべて『虚空の魔導書』の亜空間収納に入れているので、背負っているのはカモフラージュだが。


「1周目じゃ、俺があいつらの荷物60キロを一人で背負って、さらに戦闘支援までしてたんだよな……。我ながら社畜すぎる」


 改めて見ると、彼らの連携(パーティプレイ)は素人以下だ。

 互いにカバーもせず、文句を言い合い、リソース(体力・魔力・物資)を無駄に浪費している。


「さて、と」


 俺は懐から一枚の地図を取り出した。

 1周目の記憶で描いた、この迷宮の完全攻略マップだ。

 彼らが目指す『奈落の谷』には、確かにアビスドラゴンがいる。

 だが、そこに至るルートには、今の彼らには絶対に対処できない「致死性の罠」が待ち受けている。


 1周目では俺が解除したその罠。

 今回は、あえて作動するように細工しておこうか。

 いや、もっと面白い手がある。


「アレクたちがドラゴンと戦って、ボロボロになったところを狙うか」


 俺の目的は、アビスドラゴンがドロップする『龍の心臓』だ。

 あれがあれば、俺の魔力容量をさらに拡張できる。

 勇者たちを「囮(デコイ)」に使って、美味しいところだけを掻っ攫う。

 完璧なプランだ。


「せいぜい頑張ってくれよ、元仲間たち」


 俺は音もなく闇を駆ける。

 彼らが正規ルートで苦戦している間に、俺だけが知っている「ショートカット(隠し通路)」を使って先回りするために。


 地下50階層。

 そこが彼らの墓場になるか、それとも地獄の入り口になるか。

 どちらにせよ、俺にとっては利益しかない。

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2026年1月3日 08:00
2026年1月3日 12:00
2026年1月3日 18:00

処刑された宮廷魔術師、2周目は「未来予知」ですべてを回避する。 ~今さら土下座されても、もう君たちの破滅は確定してますよ?~ kuni @trainweek005050

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