第6話
翌日、王立学院の昼休み。
学食の片隅にある購買部には、前代未聞の長蛇の列ができていた。
「おい、押すなよ! 俺が先だ!」
「『蜜月芋』を3つ頂戴! あと実家への配送分も!」
「わたくしは箱買いしますわ! お父様へのお土産にしますの!」
生徒たちが群がっているのは、俺が試験的に卸した『蜜月芋』だ。
昨日の放課後、購買のおばちゃんに一つ試食させたところ、その味に驚愕し、即座に販売コーナーが特設されたのだ。
価格は一つ銀貨1枚。市場のパンより高いが、貴族の子息が通うこの学院では「安い」部類に入る。
「はいはい、並んでくださいねー。在庫はまだありますから」
俺は臨時の売り子としてカウンターに立ち、飛ぶように売れていく芋を捌いていた。
チャリン、チャリンと硬貨が木箱に吸い込まれていく。
開始からわずか30分で、用意した500個が完売した。
「すごい……。ルイス君、君は天才か?」
購買部のおばちゃんが、空っぽになった木箱を見て目を丸くしている。
売上の一部はマージンとして俺の懐に入る契約だ。
たった30分で、1周目の宮廷魔術師時代の月給を超えてしまった。
「ただの錬金術の応用ですよ。それに、本番はこれからです」
俺はふと、列の後ろで悔しそうにこちらを睨んでいる数名の男子生徒に目を向けた。
彼らは勇者アレクの取り巻き連中だ。
普段なら俺を「荷物持ち」と馬鹿にしていじめてくる奴らだが、今は『蜜月芋』の甘い香りに抗えず、喉を鳴らしている。
「あーあ、残念。売り切れちゃいました」
俺が完売の札を掲げると、彼らは露骨に絶望的な顔をした。
「そ、そんな……」
「俺たち、勇者派閥だぞ!? 優先的に売れよ!」
「お断りです。あ、ちなみに明日からは『会員制』での予約販売になります。勇者派閥の方々は……申し訳ありませんが、ブラックリスト入りなので販売できません」
「なっ!?」
俺の宣言に、周囲の生徒たちがどよめく。
今まで学園カーストの最底辺だった俺が、最上位の勇者グループを公然と拒絶したのだ。
「ルイス、お前……後悔するぞ! アレク様やソフィア王女に言いつけてやる!」
「どうぞご勝手に。ですが、その頃には王女様もこの芋の虜になっているかもしれませんよ?」
俺はニッコリと微笑んだ。
食の恨みは恐ろしい。そして、流行に乗り遅れる恐怖はもっと恐ろしい。
明日以降、彼らはプライドを捨てて俺に頭を下げるか、指をくわえて見ているかの二択を迫られることになる。
◇
一方その頃、王都の鍛冶屋街。
勇者アレクは、真っ二つに折れた聖剣を抱え、国一番の名工と呼ばれるドワーフの店を訪れていた。
「――直せねえよ」
頑固そうなドワーフの親父は、聖剣の残骸を一瞥しただけで吐き捨てた。
「な、なんだと!? 金なら払うぞ! 俺は勇者だぞ!」
「金の問題じゃねえ。この剣、芯まで死んでやがる」
親父は折れた断面を指差した。
「見ろ。金属疲労でボロボロだ。本来ならとっくの昔に砕けてるはずのガラクタだぞ。……今まで誰がメンテナンスしてたんだ?」
「え……? い、いや、それは……」
アレクが言葉に詰まる。
ルイスだ。毎晩、彼が何かブツブツと呪文を唱えながら磨いていた。アレクはそれを「趣味」だと思って鼻で笑っていたが。
「そいつは化物だぞ。本来の寿命を超えて、無理やり形を保たせていたんだ。その魔力が途切れた瞬間、一気にガタが来たんだろ」
「そ、そんなはずはない! あいつはただの荷物持ちだ!」
アレクは現実を否定するように叫んだ。
「いいから代わりの剣をよこせ! 聖剣と同じくらいのやつだ!」
「はん、今のあんたに売る業物はねえよ。そこの樽に入ってる量産品の鉄剣でも持ってきな。金貨5枚だ」
ドワーフは鼻をほじりながら追い払うように手を振った。
アレクは屈辱に顔を歪めながら、なけなしの金貨を叩きつけ、粗悪な鉄剣を掴んで店を飛び出した。
「くそっ、くそっ! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!」
新しい剣は重く、重心もバラバラで、振るうだけで手が痺れる。
聖剣がいかに手に馴染んでいたか――いや、ルイスがいかに自分のために調整してくれていたかを、嫌でも思い知らされる。
「ルイス……! どこに行きやがった!」
アレクの脳裏に、かつての幼馴染の顔が浮かぶ。
だが、そのルイスは今、学園で大金を稼ぎ、女子生徒たちに囲まれて笑っていることなど、知る由もなかった。
勇者の装備崩壊まで、あと3日。
本当の絶望は、次の迷宮深層攻略で訪れる。
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