第4話

図書館が焼失した翌日。

 学園は臨時休校となり、王都は重苦しい空気に包まれていた。


 だが、俺の足取りは軽い。

 懐には最強の『虚空の魔導書』。

 そして頭の中には、半年後にこの国を襲う「大飢饉」のスケジュールが鮮明に描かれているからだ。


 原因は、北方の山脈から吹き下ろす異常寒波だ。

 1周目の歴史では、この寒波によって王国の主要作物である「黄金小麦」が全滅した。

 備蓄を持たない貧民街から餓死者が出始め、やがて騎士団の馬さえも食料にされる地獄が訪れたのだ。


 あの時、勇者アレクたちはどうしたか?

 『魔王の呪いだ!』と騒ぎ立て、無関係な魔族の集落を襲って食料を略奪したのだ。

 ……本当に、思い出すだけで救いようがない連中だ。


「だが今回は違う。俺が食料市場(マーケット)を支配する」


 俺が向かったのは、王都の商業区にある穀物取引所だ。

 巨大な掲示板には、小麦やトウモロコシの先物取引価格が書き出され、商人たちが怒号を飛ばし合っている。


 俺はカウンターの隅で、死んだ魚のような目をしている小太りの商人を見つけた。

 彼の前には、『黒岩芋(くろいわいも)』という作物の在庫処分札が掲げられている。


「……はぁ。また売れ残りか。これじゃ借金返済どころか、夜逃げ確定だな」


 商人が深いため息をつく。

 『黒岩芋』。

 それは岩のように硬く、苦味が強く、泥臭いという三重苦の根菜だ。

 栄養価だけは高いのだが、家畜ですら好んで食べないため、「貧乏人すら見向きもしないゴミ野菜」として知られている。


 だが、俺は知っている。

 この芋だけが、あの異常寒波の中でも枯れずに育つ唯一の作物であることを。

 そして――『虚空の魔導書』にある古代錬金術を使えば、この芋を「極上の食材」に変えられることを。


「そこの商人さん。少し話がある」


 俺が声をかけると、商人はビクリと肩を震わせた。


「ひぃっ! しゃ、借金取りなら明日まで待ってくれ! 今はこのゴミ芋しか金目のものがなくて……」

「いや、俺は客だ。その『黒岩芋』を買いに来た」

「……はい?」


 商人の目が点になる。


「か、買う? これを? 肥料の間違いじゃなくて?」

「食用として買うんだ。ここにある在庫、それに先物契約も含めて――あんたが抱えてる『黒岩芋』の権利、すべて俺に売ってくれ」


 俺はテーブルの上に、なけなしの貯金袋(昨日のバイト代と、質屋で売った不用品の金だ)をドンと置いた。

 金額にして金貨10枚。大金ではないが、二束三文のこの芋を買い占めるには十分すぎる額だ。


「しょ、正気か!? こんな泥臭い芋、茹でても焼いても食えたもんじゃねえぞ!」

「調理法なら俺に考えがある。……どうする? 売るのか、売らないのか」

「う、売ります! 全部持ってってくださいぃぃ!」


 商人は涙を流して俺の手を握りしめた。

 契約書にサインを交わす。

 これで、王国内に流通する『黒岩芋』の9割が俺のものになった。


(勝ったな)


 俺が密かにガッツポーズをした、その時だった。


「ぷっ、あはははは! おい見ろよミナ、ルイスの奴、家畜の餌を買い込んでるぜ!」


 聞き覚えのある、不愉快な笑い声。

 振り返ると、そこには新品の装備に身を包んだ勇者アレクと、聖女ミナが立っていた。

 二人の後ろには、大量の荷物を持たされた従者たちが控えている。

 高級ブランドの紙袋、最高級のワイン、宝石箱……。

 どうやら、昨日の火災の憂さ晴らしに豪遊していたらしい。


「奇遇だな、アレク。お前たちこそ、そんなに買い込んでどうするんだ?」

「決まってるだろ! 来週の迷宮遠征の準備と、あとは慰労会用さ!」


 アレクが得意げにワインボトルを掲げる。


「ソフィア様から特別予算が出たんだよ。昨日の火災で俺たちが頑張ったからってな!」

「……へえ」


 頑張った、ね。

 お前たちが逃げ回っていた間に、俺が裏で火を消したおかげで国庫への被害が減った。その浮いた金が、お前たちの遊興費に消えているわけか。


 ミナがハンカチで鼻を覆いながら、侮蔑の眼差しを向けてくる。


「ルイスさん、落ちるところまで落ちましたね。お金がないからって、そんな臭いお芋を食べるなんて……。言ってくだされば、私たちで食べた残り物を分けてあげましたのに」

「必要ないよ。これは未来への投資だ」

「投資ぃ? ゴミを買うことが?」


 アレクが腹を抱えて笑う。周囲の商人たちも、つられてクスクスと笑い声を上げた。

 

「あーあ、可哀想に。パーティを追放されたショックでおかしくなっちまったんだな。ま、精々その泥芋を齧(かじ)って生き延びてくれよ。俺たちは最高級のステーキを食べに行くからさ!」


 二人は高笑いを残して去っていった。

 その背中を見送りながら、俺の隣で商人がおずおずと口を開く。


「あ、あの……お客さん。本当に良かったんですかい? あんなに馬鹿にされて……」

「いいんだよ。あいつらは今、人生最後の晩餐を楽しんでいる最中だからな」


 俺は契約書をパンと弾いた。


 半年後。

 小麦が枯れ果て、パン一つが金貨1枚で取引される時代が来る。

 その時、美味しくて栄養満点の俺の芋が、どれほどの価値を持つか。


 そして、備蓄もせず予算を使い果たした勇者パーティが、空腹に耐えかねて俺の前に這いつくばる姿。


「……想像しただけで、食事が美味くなりそうだ」


 俺はニヤリと笑うと、呆気に取られる商人に指示を出した。


「さあ、仕事だ。この芋をすべて俺が指定する倉庫へ運んでくれ。それと、錬金術用の大釜を用意してくれ。――この『ゴミ』を『黄金』に変える魔法を、見せてやるからな」


 俺の2周目の人生における、最初のビジネスが幕を開けた。

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