第3話

その夜、王都の空が紅蓮に染まった。

 王立学院の敷地内にある、国内最大規模の大図書館。そこから噴き上がった猛火が、星空を焦がす勢いで燃え盛っている。


 半鐘の音が狂ったように鳴り響く。

 学院の生徒や騎士たちがバケツリレーで消火にあたるが、魔力を含んだ特殊な炎は、水ごときでは衰えるどころか勢いを増すばかりだ。


「消せ! 早く消しなさいよ! 中には国宝級の魔道書があるのよ!」


 安全な中庭からヒステリックな声を上げているのは、第三王女ソフィアだった。

 彼女は豪華なナイトドレスに身を包み、周囲の騎士たちを扇子で叩いている。


「アレク! ミナ! あなたたち何をしているの!? 勇者と聖女の力でなんとかしなさい!」

「む、無理だよソフィア! 俺の剣技じゃ炎は斬れない!」

「私だって……この規模の火災を鎮火させるほどの水魔法なんて使えません!」


 煤(すす)だらけになったアレクとミナが、情けない声を上げて逃げ惑っている。

 その光景を、俺は少し離れた時計塔の上から見下ろしていた。


 左手の薬指には、先日手に入れた『隠者の指輪』が嵌められている。

 認識阻害の結界により、誰一人として俺の存在には気づいていない。


(壮観だな。よく燃える)


 俺は冷めた目で、崩れ落ちる図書館の屋根を眺めた。


 1周目の人生において、この火災は俺にとっての悪夢だった。

 出火原因は、ソフィア王女が極秘に持ち込んだ「違法な火属性アーティファクト」の暴走だ。

 彼女が自室で弄っていたそれが暴発し、火の粉が図書館に引火したのだ。


 あの時、俺はどうしたっけか。

 そうだ。ソフィアに泣きつかれ、俺は自らの生命力を魔力に変換して、決死の覚悟で結界を張り、炎を封じ込めたんだ。

 結果、図書館はボヤ騒ぎで済み、貴重な書物はすべて守られた。

 俺は魔力枯渇で三日間意識を失い、目覚めた時には、火災の原因は「何者かの放火」として処理され、ソフィアの不始末は揉み消されていた。


 そして彼女は、病み上がりの俺にこう言ったのだ。

『ルイス、あなたの結界のせいで私のドレスが煤臭くなったじゃない。弁償してよね』と。


「……思い出しただけで反吐が出る」


 俺は時計塔から飛び降り、風魔法で着地する。

 そして、パニックに陥る人々を他所に、悠然と燃え盛る図書館の正面入口へと歩み寄った。


 熱波が肌を焼く。

 普通なら近づくことさえ不可能な火勢だが、今の俺には『隠者の指輪』がある。

 この指輪の真価は、他者からの認識だけでなく、環境からの干渉――つまり熱や衝撃さえも「認識させない」ことで無効化する点にある。


 俺は炎の壁を、まるでカーテンでも開けるかのように素通りして、図書館の内部へと侵入した。


 ゴオォォオォォ……!


 内部はまさに地獄絵図だった。

 数千冊の本が灰になり、本棚が焼け落ちていく。

 王国の歴史、失われた魔法技術、賢者たちの叡智。

 それらが二度と戻らぬ灰へと変わっていく。


 だが、俺の目的はそれらではない。

 俺は迷うことなく、最深部の「禁書庫」へと向かった。


 頑丈な鉄扉の前で足を止める。

 通常、この扉は王家の血筋と、3重の魔術鍵がなければ開かない。

 だが、今の俺は鍵を開ける必要すらなかった。


 なぜなら。


 ガギィッ! ドサァッ!


 天井の梁が焼け落ち、鉄扉を直撃した。

 その衝撃で、熱で歪んでいた蝶番(ちょうつがい)が弾け飛び、扉が半開きになる。


「……知っていたさ。この火災の時だけ、セキュリティが物理的に破壊されることを」


 1周目の俺が必死に守ったせいで、誰も知ることのなかった「事故による開錠」。

 俺は隙間から禁書庫へと滑り込む。


 そこは奇跡的に、まだ火が回っていなかった。

 部屋の中央に、厳重なガラスケースに封印された一冊の黒い本が鎮座している。


 『アカシック・グリモワール(虚空の魔導書)』。


 古代の魔法使いが、世界の理(ことわり)そのものを記述したとされる伝説の書。

 使用者の魔力容量を無限にし、あらゆる属性魔法の適性を「SS」に書き換える、正真正銘のチートアイテムだ。


 1周目では、この本は火災のドサクサで焼失した(と見せかけて、実はソフィアがこっそり持ち出して闇市に流していた)はずだ。

 だが今回は、俺がいただく。


「解除コードは……『強欲なる王女に罰を』」


 俺が皮肉を込めて即興で書き換えた解析術式を流し込むと、ガラスケースが音もなく消失した。

 俺は震える手で、黒い本を掴む。


 ドクンッ。


 心臓が跳ねる。

 本から溢れ出した膨大な魔力が、俺の腕を伝って全身に流れ込んでくる。

 血管が熱い。視界が明滅する。

 だが不快ではない。力が、知識が、俺の中に刻み込まれていく感覚。


「……はは、凄い。これが『全属性』の力か」


 手のひらに小さな火の玉を浮かべる。

 今まで俺が得意だったのは「付与」や「補助」といった地味な支援魔法だけだった。

 だが今の火の玉は、勇者アレクの必殺技よりも濃密で、破壊的なエネルギーを秘めている。


 これさえあれば、もう誰の支援もいらない。

 俺自身が、最強の戦力だ。


 魔導書を懐にしまい、俺は踵を返す。

 目的は達した。あとはこの建物が燃え尽きるのを待つだけだ。


 外に出ると、火勢はいよいよピークに達していた。

 図書館の巨大なドーム屋根が、轟音と共に崩落する。


「ああぁぁぁ! 私のコレクションが! 裏帳簿がぁぁ!」


 ソフィア王女の絶叫が聞こえた。

 どうやら彼女は、魔道書以外にもやましい物を大量に隠していたらしい。

 それが全て灰になったのだ。ザマァみろ、という言葉すら生ぬるい。


 俺は木陰で『隠者の指輪』の効果を切り、何食わぬ顔で野次馬の中に混ざった。

 顔を煤で汚し、わざとらしく息を切らす。


「はぁ、はぁ……! 遅れました!」

「ル、ルイス!? 今までどこにいたんだ!」


 アレクが俺に気づいて駆け寄ってくる。


「どこって、消火活動の手伝いだよ。でも、もう手遅れだ。……アレク、お前がもっと早く剣圧で防火帯を作っていれば、半分は守れたかもしれないのにな」

「なっ……俺のせいかよ!?」

「それにソフィア様。初期消火用のアーティファクト、どうして作動しなかったんですか? まさか、メンテナンスを怠っていたとか?」


 俺の指摘に、ソフィアがギクリと肩を揺らす。

 もちろん、そんな事実は(表向きには)ない。だが、やましい心当たりがある彼女は青ざめて押し黙った。


 燃え落ちる図書館。

 失われた国家予算数十年分の知識と財産。

 そして、責任のなすりつけ合いを始める勇者と王族たち。


 その横で、懐の最強チートアイテムの重みを感じながら、俺は今日一番の深い笑みを浮かべた。


 さあ、次は金儲けだ。

 この魔導書の知識を使って、来たるべき大飢饉を「俺だけの大チャンス」に変えてやろう。

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