第2話

勇者アレクを門前払いしてから1時間後。

 俺は学院の制服を着替え、街の市場へと繰り出していた。


 目的は二つある。

 一つは、これから俺が独自に活動するための資金作り。

 もう一つは、来週の「図書館火災」騒動で必要になる魔触媒の確保だ。


 王都の市場は今日も活気に満ちている。

 1周目の俺は、この時間はいつもアレクの装備の手入れや、王女ソフィアから押し付けられた書類仕事に追われていた。

 こうして自分のためだけに時間を使うのは、いつぶりだろうか。


(自由だ……。空気が美味い)


 雑踏を歩くだけで、胸が踊る。

 だが、感傷に浸っている時間はない。俺は記憶にある「掘り出し物」を目指して、路地裏の古道具屋へと向かった。


 この店はガラクタばかりを扱う怪しい店だが、今日の午前中にだけ、とんでもない物が紛れ込んでいることを俺は知っている。


「いらっしゃい。……なんだ学生か。冷やかしなら帰んな」


 店主の親父が不愛想に手を振る。

 俺は構わず、木箱の中に雑多に放り込まれた指輪やペンダントを漁り始めた。

 錆びついた短剣、ガラス玉のネックレス、ひび割れた手鏡。

 ゴミの山だ。だが、俺の目はある一点に釘付けになる。


 泥と油にまみれた、黒ずんだ銀色の指輪。

 一見すればただの鉄くずだが、その内側には古代ルーン文字が刻まれている。


(あった……。『隠者の指輪』だ)


 これは魔力を隠蔽し、装着者の気配を極限まで薄くするS級の魔導具だ。

 本来なら国宝級の価値があるが、強力な認識阻害の呪いがかかっているため、鑑定スキルごときでは正体を見破れない。

 1周目の歴史では、来月ここを訪れた大商人が偶然買い取り、後にオークションで1億ゴールドの値がついた代物だ。


「親父さん、これいくらだ?」

「ああん? そんな汚い指輪、銅貨5枚でいいよ」


 銅貨5枚。パン2つ分の値段だ。

 俺は必死に笑いを噛み殺し、ポケットから硬貨を取り出す。


「商談成立だ」


 金を渡し、指輪を受け取る。

 泥を指で拭い取り、少しだけ魔力を流し込むと、指輪は一瞬だけ淡い光を放ち、俺の指に吸い付くように収まった。

 これで俺は、誰にも気づかれずに隠密行動を取ることができる。来週の計画には必須のアイテムだ。


(最高の滑り出しだな)


 店を出て、大通りに戻った時だった。

 人混みの向こうから、やけに目立つ純白のローブをまとった集団が歩いてくるのが見えた。


 周囲の人々が「あ、聖女様だ!」「なんてお美しい」と道を空ける。

 その中心にいたのは、淡い金髪を揺らす美少女――聖女ミナだった。


(……げっ)


 遭遇してしまった。

 どうやら彼女は信者たちを引き連れて、街の視察(という名の人気取りパレード)をしているらしい。

 関わりたくない。俺は『隠者の指輪』の効果を試すついでに、気配を消して路地に隠れようとした。


 だが。


「あら? ルイスさんではありませんか!」


 ミナが俺を見つけ、鈴を転がすような声で呼び止めてきた。

 ……チッ、まだ指輪の魔力同調が完了していなかったか。

 俺は舌打ちを噛み殺し、無表情で足を止める。


 ミナは侍女たちを待たせ、小走りで俺の方へ駆け寄ってきた。

 上目遣いで俺を見つめるその瞳は、潤んでいて今にも泣き出しそうだ。

 1周目の俺は、この顔に弱かった。彼女が悲しい顔をすれば、どんな無理難題でも引き受けてしまった。


 だが今は、その表情の裏にある計算高さが透けて見える。


「奇遇ですね、ミナ様。何か御用でしょうか」

「他人行儀ですね、ルイスさん。……あの、聞きましたよ。今朝、アレクのお願いを断ったんですって?」


 早速その話か。

 アレクの奴、すぐにミナに泣きついたらしい。


「ええ、断りました。僕には僕の生活がありますから」

「そんな言い方しないでください。アレクは傷ついていましたよ? 『ルイスが冷たくなった』って」


 ミナは俺の服の袖をちょこんと摘み、悲しげに眉を下げる。


「ねえ、ルイスさん。アレクの剣、直してあげてください。明日には迷宮遠征があるんです。万全の装備でないと、アレクが怪我をしてしまうかもしれません」

「そうですね。整備不足で迷宮に潜れば、命に関わるでしょう」

「でしょう? なら――」

「なら、新しい剣を買えばいい。あるいは、街の鍛冶屋に頼めばいい。なぜ僕がタダでやる必要があるんです?」


 俺の言葉に、ミナの動きが止まる。

 彼女は信じられないものを見るような目で俺を見た。


「……お金、ですか? 私たちは仲間じゃないですか。世界を救うために協力し合うのは当然でしょう? それなのに、対価を求めるなんて……ルイスさん、少し心が荒んでいませんか?」


 出た。「仲間」という名の呪縛。

 彼女たちはいつもそうだ。こちらの奉仕は「当然」として受け取り、自分たちは決して損をしようとしない。


「ミナ様。あなたは教会の寄付金で最高級のドレスを買い、毎晩豪華な食事をしていますね」

「えっ? そ、それは聖女としての品位を保つために必要で……」

「アレクも王家からの支援金で豪遊している。一方で僕は、学費と研究費を稼ぐために睡眠時間を削ってバイト生活だ。……仲間と言うなら、その支援金を僕に分けてくれませんか?」


「っ……!」


 ミナが言葉に詰まる。

 図星だろう。彼女は金に汚い。孤児院への寄付金を中抜きして、自分の宝石に変えていたことを俺は知っている。


「できないでしょう? なら、僕もできません。僕の魔力も技術も、タダじゃないんです」


 俺は彼女の手を振り払う。

 ミナの表情から、聖女の仮面が剥がれ落ちかけた。


「……本気、なんですか? 私やアレクを敵に回して、この国で生きていけると思っているんですか?」


 低く、冷たい声。

 それが彼女の本性だ。

 処刑台の上で、俺をゴミを見るように見下ろしていたあの目だ。


 俺は口角を吊り上げ、彼女の耳元で囁いた。


「敵? 買いかぶりすぎだ。君たちのことなんて、もう『道端の石』程度にしか思ってないよ」


 俺は呆然と立ち尽くすミナに背を向け、歩き出した。


「ああ、そうだミナ様。忠告しておきます」


 俺は振り返らずに言い放つ。


「来週の夜会、その白いドレスは着ていかない方がいい。……赤ワインを頭から被ることになりますよ」


「は……? 何を言って……」


 意味がわからないという顔をする彼女を放置して、俺は人混みへと消えた。

 来週の夜会で、彼女が貴族の派閥争いに巻き込まれ、大恥をかく未来。

 1周目では俺が事前に情報を掴み、ドレスの色を変えさせて回避したのだが、今回は黙殺だ。


 純白の聖女が赤く汚れる様は、さぞ見ものでしょうね。


 ポケットの中の『隠者の指輪』を握りしめる。

 さあ、次は図書館だ。

 俺の快進撃は、まだ始まったばかりだ。

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