処刑された宮廷魔術師、2周目は「未来予知」ですべてを回避する。 ~今さら土下座されても、もう君たちの破滅は確定してますよ?~

kuni

第1話

「――これより、国家反逆罪ならびに王女殿下暗殺未遂の罪により、元宮廷魔術師ルイス・アルノルトの処刑を執行する!」


 王都の中央広場。

 石造りの処刑台の上で、騎士団長の声が朗々と響き渡った。


 広場を埋め尽くすのは、かつて俺が魔術で守り抜いたはずの国民たちだ。

 だが今、彼らの瞳に宿っているのは感謝ではない。俺に対する侮蔑と、血を求める狂気だけだった。


「殺せ! 裏切り者を殺せ!」

「私たちの王女様を殺そうとした悪魔め!」

「地獄へ落ちろ!」


 罵詈雑言の嵐が、鼓膜を劈(つんざ)く。

 後ろ手に縛られた腕が痺れ、膝が震える。だが、それは恐怖からではなかった。

 煮えたぎるような怒りと、底知れぬ絶望が、俺の身体を内側から焼き尽くそうとしていたのだ。


「……やってない。俺は、何もやってない……!」


 掠れた声で訴えるが、誰の耳にも届かない。

 俺の目の前には、かつての仲間たちが並んでいた。


 煌びやかな聖鎧を身にまとった勇者、アレク。

 聖なる癒やしの力を持つ聖女、ミナ。

 そして、この国の象徴である王女、ソフィア。


 彼らは冷ややかな目で、泥にまみれた俺を見下ろしている。

 ほんの数日前まで、俺たちは背中を預け合うパーティだったはずだ。俺は彼らのために、宮廷魔術師としての地位も名誉も捨てて、影となり日向となって尽くしてきたはずだ。


 勇者の剣に付与(エンチャント)を施し、聖女の魔力不足を俺の生命力で補い、王女の我儘な遠征計画を徹夜で修正し続けた。

 だというのに。


「残念だよ、ルイス」


 勇者アレクが一歩進み出る。その顔には、大衆向けの悲痛な表情が貼り付けられていた。


「君が魔王軍と内通していたなんて。僕たちの冒険の裏で、そんな恐ろしい計画を立てていたなんてね」

「ちが、う……! その証拠は、お前が俺の部屋に!」

「往生際が悪いですよ、ルイスさん」


 聖女ミナが軽蔑しきった溜息をつく。


「あなたの部屋から見つかった魔通信機と、王女殿下の寝室への侵入経路図。あれだけの証拠があって、まだシラを切るつもりですか? ……あんなに優しかったルイスさんが、こんな最低な人だったなんて。私、悔しくて……」

「ミナ、泣くことはない。彼はもう、僕たちの知るルイスではないんだ」


 アレクがミナの肩を抱き寄せる。

 ああ、そうか。

 そういうことだったのか。


 俺はようやく理解した。

 魔王討伐という最大の難関を越え、平和が訪れようとしている今。

 膨大な魔力と知識を持ち、王国の暗部を知りすぎた「宮廷魔術師」の存在が邪魔になったのだ。

 加えて、俺がいなくなれば、勇者と聖女の功績はより輝かしいものになる。報酬も、名声も、すべて彼らだけで山分けできる。


 そのために、俺は「裏切り者」として処理されたのだ。


「さようなら、ルイス。君の犠牲は忘れないわ」


 最後に口を開いたのは、俺が幼い頃から忠誠を誓ってきた王女ソフィアだった。

 彼女は扇子の陰で、口元だけで笑っていた。

 

 ――ゴミ処理が済んで清々したわ。


 そう、形作られた唇の動きを、俺は見逃さなかった。


(許さない……許さない許さない許さない……!)


 魂が叫ぶ。

 もしも、もしも次があるのなら。

 俺は二度と、誰のためにも力を使わない。

 この腐りきった国も、裏切り者の勇者たちも、すべてを見捨ててやる。

 お前たちが破滅する様を、指を差して笑ってやる――!


「執行!」


 重厚な音が響く。

 首筋に冷たい感触が走り、視界がぐるりと回転した。


 赤く染まる石畳。遠のく意識。

 俺の人生は、こんな理不尽な形で幕を閉じる――はずだった。


          ◇


「――ッ、はぁっ!?」


 強烈な落下の感覚と共に、俺は弾かれたように目を覚ました。

 心臓が早鐘を打っている。

 首筋に走った鋭い痛みの余韻に、思わず手を当てる。


「首……ある? 血は……出てない?」


 大量の汗で寝間着が張り付いているが、どこにも怪我はない。

 俺は荒い呼吸を繰り返しながら、周囲を見渡した。


 そこは、石造りの冷たい独房でも、血生臭い処刑台の上でもなかった。

 質素な木製の机。使い古されたベッド。本棚に乱雑に詰め込まれた魔道書。

 窓からは、穏やかな朝の光が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてくる。


「ここは……王立学院の、学生寮?」


 見間違えるはずがない。

 俺が宮廷魔術師として正式に取り立てられるまで、6年間を過ごした部屋だ。

 だが、なぜここに?

 死後の世界にしては、あまりにも生活感がありすぎる。


 ふらつく足取りで机に向かう。

 そこに置かれていた日めくりカレンダーの日付を見て、俺は息を呑んだ。


『王国歴452年 4月10日』


「452年……? 嘘だろ、5年前じゃないか……!」


 鏡を覗き込む。

 そこに映っていたのは、処刑された時のやつれた顔ではなく、まだあどけなさの残る17歳の俺の顔だった。

 魔力を練り上げてみる。体内を巡る魔力回路は、全盛期よりも未熟だが、確かに俺自身のものだ。


 夢、ではない。

 幻術でもない。

 俺は確かに戻ってきたのだ。

 あの屈辱と絶望にまみれた処刑台から、すべてが始まる前の過去へと。


「は、はは……」


 乾いた笑いが漏れる。

 状況を理解すると同時に、背筋に走る戦慄があった。

 だがそれは恐怖ではない。

 歓喜だ。


 俺の手の中には、これからの5年間で起きる「すべて」の記憶がある。


 半年後に起きる大飢饉の対処法。

 1年後にダンジョンで発見される、国宝級の魔導具の隠し場所。

 3年後に勃発する隣国との戦争の結末。

 そして何より――俺を陥れた勇者アレク、聖女ミナ、王女ソフィアの本性と、彼らが犯す数々の失態。


 あいつらは、俺という「尻拭い役」がいたからこそ、英雄として祭り上げられていたに過ぎない。

 俺が裏で奔走し、彼らのミスを帳消しにし、魔術で支えていたからこそ、世界は救われたのだ。


 なら、もし。

 俺が彼らに手を貸さなかったら?


「……決まってる。破滅だ」


 俺が動かなければ、勇者は最初のダンジョンで大怪我を負う。

 俺が助言しなければ、聖女は魔力暴走で自滅する。

 俺が根回ししなければ、王女の横領は白日の下に晒される。


 俺だけが知っている「攻略チャート」を使って、すべての破滅フラグを回避し、俺だけが得をする未来を選び取る。

 あいつらのことなんて、知ったことか。

 今さら土下座して頼んできたって、もう遅い。


「……あ、そうだ。確か今日は」


 記憶を手繰り寄せる。

 5年前の4月10日。

 この日は、俺の運命を決定づけた「分岐点」の日だ。


 ドンドンドン!


 思考を遮るように、乱暴なノックの音が響いた。

 このタイミング。この無遠慮な叩き方。

 間違いない。


「おいルイス! いるんだろ、起きろよ!」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、憎き勇者アレクの声だった。


 1周目の俺は、慌てて扉を開け、笑顔で彼を迎え入れた。

 そして、「頼みがあるんだ」という彼の言葉に二つ返事で頷き――奴の使い古した剣を、自分の魔力を削って修理してやったのだ。

 それがすべての始まりだった。

 あの日、俺が「イエス」と言ったから、俺は彼らの便利な道具(どれい)になった。


 俺はゆっくりと深呼吸をする。

 胸の奥に燻る怒りを、冷徹な理性に変える。

 そして、静かに扉の鍵を開けた。


「ようルイス! 朝から悪いな。実はさ、親父から譲り受けた剣が刃こぼれしちまって――」


 扉を開けた瞬間、アレクは馴れ馴れしく俺の肩に手を回そうとしてきた。

 その顔は、まだ屈託のない青年のように見える。

 だが俺は知っている。その笑顔の裏で、こいつが俺をどう見下しているかを。


 俺は無言のまま半歩下がり、彼の手を避けた。

 アレクの手が空を切り、彼はキョトンとした表情で固まる。


「……へ? おい、どうしたんだよルイス。寝ぼけてるのか?」

「いや、目は覚めてるよ。かつてないほど鮮明にな」


 俺は冷ややかな声で答えた。


「で、何の用だ? 俺はこれから忙しいんだ」

「い、忙しいって……今日は休みだろ? だからさ、この剣を直してほしいんだよ。お前の付与魔術なら、ちょちょいのちょいだろ? 俺たち親友の頼みだ、タダでやってくれよ」


 親友。

 よくもまあ、その口で言えたものだ。

 俺を処刑台に送った張本人が。


 1周目の俺なら、ここで「仕方ないなぁ」と笑って引き受けただろう。

 だが、今の俺は違う。


「断る」

「は……?」


 アレクが間の抜けた声を上げる。

 予想外の返答に、思考が追いついていないようだ。


「こと、わる……って、なんでだよ! 俺たち友達だろ!? それに、お前の魔術の練習にもなるし――」

「練習なら他でやる。それに、その剣の修理には高価な魔触媒が必要だ。タダでやれというのは、俺に金を払えと言っているのと同じだと気づかないのか?」

「そ、そんな細かいこと言うなよ! 将来、俺がビッグな冒険者になったら、お前も鼻が高いだろ?」


 ああ、本当に変わっていない。

 こいつは根っからの「テイカー(奪う者)」なのだ。

 他人の犠牲を当たり前だと思い、感謝することなく搾取する。


 もう十分だ。

 俺はアレクの目を真っ直ぐに見据え、突き放すように告げた。


「悪いが、他を当たってくれ。俺はもう、お前たちの『道具』になるつもりはないんだ」

「なっ……!?」

「帰ってくれ。二度と俺の部屋に来るな」


 バタンッ!!


 俺はアレクの目の前で、勢いよく扉を閉めた。

 内鍵をかけ、その場に背中を預ける。


「おい! ふざけんなよルイス! 開けろ!」


 扉越しにアレクの怒鳴り声が聞こえるが、もはや何の感情も湧かない。

 あるのは、胸のつかえが取れたような、強烈な爽快感だけだった。


「……ははっ」


 自然と笑みがこぼれる。

 断った。拒絶してやった。

 たったそれだけのことが、こんなにも気持ちいいなんて。


 俺は拳を握りしめる。

 これが最初の一歩だ。

 俺は今日、この瞬間から、運命のレールを乗り換えたのだ。


 扉の向こうのアレクは、まだ何か喚いているが、やがて諦めて足音を荒らげて去っていった。

 彼が去った静寂の中で、俺は机上の地図を広げる。


「さて、まずは来週起こる『王立図書館の火災』に乗じて、焼失したことにして幻の魔導書を回収するか。あれがあれば、俺の魔力は倍増する」


 俺の頭の中には、黄金の未来図が広がっている。

 

 勇者アレク。聖女ミナ。王女ソフィア。

 精々、俺のいない世界で足掻くがいい。

 お前たちの栄光が泥にまみれ、絶望に変わっていく様を――特等席で見物させてもらうからな。

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