幕間1




 戦闘から一夜明け、学園には日常が戻っていた。

 とはいえ、学食の窓から見える光景にも戦禍は見える。いちばん分かりやすいところで言えば、国旗掲揚台の旗が半分まで下げられている。昨日の戦死者への弔意だ。そして滑走路には多数の修復痕。何を隠そう整備科一年一同の仕事である。

「案外早くおわったね」

「……そうだな」

 紀彰は箸を動かしながら生返事した。

 向かいには今日も桐生ヒカルの姿。というか昨日の今日で、学内に友人といえばお互いしかいない。

「あ、紀彰。その唐揚げ食べないの?」

「やるよ。ちょっと胃の調子が悪くて」

「やったあ」

 ヒカルが嬉しそうに紀彰の皿から唐揚げを強奪していく。

 不調の原因は、主に昨日の戦闘の事後処理と、今まさにこちらへ近づいてくる「足音」だ。

 カツン、とローファーが床を叩く音。

 聞き覚えのあるリズムで、その足音は二人のテーブルの横で止まった。

「ご一緒してもいい?」

 凛とした声、ぴりっとした機動科の制服。島津頼子だ。昨日の今日だというのに、その制服には埃ひとつなく、プレスもしっかり効いている。

「もちろん。いいよね、紀彰?」

「……どうぞ」

 紀彰は視線を合わせずに答えた。

 内心は戦々恐々だ。昨日の通信で、彼女には正体がバレている。もしここで『昨日のあれは何!?』と大声で問い詰められたら、周囲の生徒たちにまで正体がバレてしまう。羽柴教官は「言いふらさない」と言っていたが、この直情径行女に常識が通じるとは思えない。

 頼子は優雅にスカートを抑え、当然のように紀彰の隣に腰を下ろした。

「昨日の件だけど」

「おれは何も知らんぞ」

 紀彰は先手を打った。しらばっくれるに限る。

「いいえ、あなたは確かに言った」

「言ってない」

「言った。『シミュレータならいくらでも付き合う』って」

「……は?」

 紀彰の箸が止まった。

 恐る恐る横を見ると、頼子は不敵な笑みを浮かべていた。そこに「秘密を暴いてやる」などという険しさは微塵も感じない。

「暇な時なら、って条件だったわね」

「……あ、ああ。そう言えば言った、かもな」

 紀彰は安堵で大きく息を吐いた。

 羽柴教官の見立ては正しかったようだ。それが女心によるものかどうかは知らないが。

「このあと暇でしょ? 昼休みだものね」

「飯くらいゆっくり食わせろよ……」

「食べ終わるまで待っててあげる。感謝しなさい」

「へいへい」

 と紀彰は肩をすくめ、残りの白飯をかきこんだ。

 そんな二人のやり取りを、ヒカルはニコニコと眺め、唐揚げを頬張っている。

 いたって平和な昼下がり。

 だが、その様子を少し離れた席から凝視する影があった。

「……何なの、あの女」

 整備科一年甲組、神楽坂かぐらざか茉莉まつりは、竹箸を「ベキッ」と握り折っていた。実家の整備工場で鍛えられた握力は伊達ではない。

「私の聖域サンクチュアリに土足で……! ノリ×ヒカは不可侵条約だって入学ガイドブックに書いときなさいよ……!」

「茉莉、顔。顔めっちゃ怖いよ」

「許されない……聖域をけがす異物混入……不純物……シンナー洗浄して純度100%までろ過してやる……!」

「聞いてないし。ていうかその箸、私のなんだけど」

 友人のツッコミも虚しく、茉莉の黒曜石の瞳は、不良部品を検品する熟練工のごとく、鋭い光を放っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

GRAY GHOST @ryuouzero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画