第4話 グレイ・ゴースト




『警告。高エネルギー反応』

 無機質なアラートが、勝利の余韻を切り裂いた。背筋が凍るような悪寒。頼子は反射的にスラスターを全開にし、ナンバーゼロを横滑りさせた。

 途端に、視界を埋め尽くす閃光せんこう

 一瞬前まで機体があった空間を、極太の熱線がぎ払う。

「なっ……!?」

 姿勢制御しせいせいぎょを立て直し、レーダーを確認。スパロー級ではない。

 ――【高機動型D級】。悪名あくめい高き新型エネミー。分厚い装甲の巨影きょえいが、空を滑って迫ってくる。

「速い……!」

 頼子のとっさの攻撃を軽やかに回避し、D級は恐るべき速度でぐるりと背後に回った。

 ギュィイイイ……。

 続いて異音。D級の胸部が強烈に輝く。さっきの熱線がまた来る。頼子は唇を噛み、操縦桿そうじゅうかんを叩き込んだ。

「舐めないで!」

 ふたたび、紙一重かみひとえで回避。極太のビームで空気が爆ぜ、機体が揺さぶられる。が、頼子は強引に踏み込む。相手のふところ、零距離射撃の間合い。

「落ちろ!」

 霊子ライフルの一撃が、敵のコアを見事に貫く。D級の巨体は内側から破裂し、塵となって霧散むさんした。

「はぁ、はぁ……やった……!」

 荒い息を吐く。確かな撃破の手応え。だが、ほぼ間を置かず――。

『警告。敵急速接近』

 爆炎を切り裂いて、新たな影が二つ、左右から飛び出してきた。

「まだいるの!?」

 二機目のD級が、カマキリのような腕部を振り下ろす。かろうじて交わすと、その先で三機目のD級が背後から照準を合わせていた。

「くっ……!」

 強烈な閃光。避けられない。シールド全開!

 刹那、白で埋め尽くされる全天視界ぜんてんしかい。続いて脊髄せきずいをなでるような不快感と共に、世界から音が消えた。

 機体が激しく揺れ、握り込む操縦桿がひとりでにガタガタと鳴る。

「う、ご、けぇえええ!」

 必死の制御で、頼子は死の収束光しゅうそくこうから脱した。音と視界が戻って来る。同時にアラート。

『警告。霊力値下限。シールド消失』

『警告。霊力駆動限界。予備推進系にシフト』

 コクピットの照明が、不吉な赤色に変わっていた。

「嘘でしょ、たった一撃で……!」

 咄嗟に離脱行動を取る。が、当然速度は出ない。予備燃料の残量も零に近い。もともと展示用の機体だ。これも当然だった。

 死に体のナンバーゼロに、D級二機が大鎌を振り上げて迫る。

「……こんな所で!」

 頼子は霊子ライフルを構え、トリガーを引いた。

 カチッ。カチカチカチッ。

 間の抜けた音がコクピットに響く。

「くそっ!」

 頼子はライフルを投げ捨て、予備武装の超振動ちょうしんどうナイフを取り出した。そして向かってくる二機のD級に真っ向から突っ込む。

「調子に乗るな、おまえらなんか!」

 振り下ろされる大鎌の懐に飛び込み、勢いを殺す。

 ギィイインンッ――!

 ナンバーゼロの物理装甲に大鎌が食い込む。が、同時に超振動ナイフも敵の胸部に突き刺さっていた。

 ギギギギギ……!

 ミシミシと機体が嫌な悲鳴を上げる。だが同時に、多量の火花を撒き散らし、ナイフがコア目掛けて突き進んでいく。

「おまえらみたいなガラクタなんか!――うぐっ!」

 密着を嫌ったのだろう、不意にD級に弾き飛ばされ、頼子は一瞬、天地が入れ替わる。

 咄嗟に体勢を立て直すと、正面に大鎌を振り上げた死神が迫っていた。死の寸前の、極限まで高まった集中力が、その光景を嫌にスローに見せる。

 しかし、できることはなにもない。今度こそ、避けられない。

 脳裏に走馬灯そうまとうがよぎった。今朝の光景だ。あの日、自分を赤子扱いした少年の姿を新入生の中に見た。

 NOAだ。あの無敗のチャンプだ。彼と一緒に戦えるんだ!

 頼子の胸はかつてないほど高鳴った。エネミーなど全滅したも同然ではないか、心の底からそう思った。

 だが、彼が並んだのは機動科の列ではなく、整備科の列だった。深い失望と怒りを覚えた。そして彼が乗れない理由を知った。胸元の痛々しい傷跡が、いまでも脳裏に焼き付いている。

 理不尽なのは、今ここで自分が死ぬことではない。

 だから頼子は振り下ろされる死神の鎌を睨みつけ、瞬きもせず吠えた。

「おまえらなんか、戦場ここにNOAがいたらとっくに――!」

 その咆哮ほうこうの途中で。

 ドッッガァアアアアン!

「は?」

 突如、轟音とともに視界から敵が消えた。

 否。見えてはいた。脳が理解を拒んでいた。横合いからすっ飛んできた何者かが、D級を物凄い勢いで跳ね飛ばしたのだ。

 機動力を失ったナンバーゼロがふらふらと高度を下げていく。下方には、さっきまで死の宣告を告げていたD級が地面に激突し、無様に痙攣けいれんしながら消えゆく様子が見える。

 そして上空には。

『無事か、ナンバーゼロ!』

 見たこともない灰色の巨魁きょかいが、高速で飛び回っていた。


   ◇


 まるでデタラメな機動だった。昼間使用した軍の正規シミュレータ内にも存在しなかった機体。HUDには『未確認』の表示。

 そして。

『動けるか、ナンバーゼロ! 早くそこから離脱しろ!』

 通信機からは聞き覚えのある声がした。

「……瀬田くん!? あなたがそれに乗ってるの!?」

 通信の向こう側で小さな舌打ちの音。

『違う、あれはただの暴走機関車だ! そこにいたら巻き添えを食らうぞ!』

 謎の機体――【VX―04ファントム】は、彼の言葉通り無秩序な機動を続けていた。乗っているのはもちろん、アカリである。機体の出力を制御できず、コクピットで慌てふためいていた。

「ノリアキ、こいつ全然止まってくれない!」

 通信回線からは呆れたような返事。

『当たり前だ、まずペダルから足を離せ! ――右三十度旋回、トリガー!』

「右ってどっち!?」

『箸を持つ方だバカ!』

「お箸なんて持ったことない!」

 ほんの数分前のこと。出撃までの五分の猶予で、紀彰はアカリに操作手順を叩き込んだ。

 一、紀彰の指示どおりに動くこと。

 二、ライフルは常に正面に固定すること。

 三、照準エイムは捨てること。「撃てトリガー」と言ったら撃て。

 かくしてアカリは紀彰の音声コントローラとして初陣を迎えた。が、紀彰の思惑は早くも崩壊しかけていた。右左がわからなくては使い物にならない。

『ああもう、いいからトリガー引きっぱなし! どっちでもいいから旋回し続けろ!』

「えっ、回るの?」

『三百六十度回れば全部「正面」だ! ビームで薙ぎ払え!』

「どうなっても知らないよ!」

 アカリは指示に従いトリガーを引いた。最大出力。極太の光帯とともに、ファントムが高速回転を始める。

 それはもはや射撃ではなかった。光の暴風。死の破壊光線が全方位に展開され、周囲のエネミーを蹴散らしていく。

「な、なにこれ……!?」

 頼子は戦慄していた。デタラメに見えて、その回転は的確に敵の包囲網を食い破っていたからだ。だが、威力があまりに強すぎた。

 ジュッ!

「ひっ!?」

 流れ弾の一部が、ナンバーゼロの頭上のアンテナを消し飛ばす。

『止まれ止まれ! 味方まで殺す気か!』

 通信回線から叩きつけられる怒号に、アカリはムッとして答えた。

「ノリアキがやれっていった!」

『だれが最大出力でやれといった! ――クソ、次が来る! 高度上昇、正面を地面に向けろ!』

「注文が多い!」

 愚痴を飛ばしつつ、アカリは急旋回し高度を上げた。するとその下を、新たに出現した四機目のD級が鎌を振り下ろしながら通過するのが見える。

(あっ、スキだらけ!)

 アカリは思わずトリガーを引いた。ほぼ同時に紀彰の声が重なる。

撃てトリガー!』

 そして放たれた一撃は、D級のコアを正確無比に捉えた。だが、光はそこで止まらなかった。

 ドォォォォン!!

 敵を貫通したビームが、その背後にあった監視塔を斜めに抉ったのだ。

「……あ」

『…………』

 轟音を立てて倒壊とうかいする監視塔。通常の霊子ライフルならあり得ない威力。事故と呼ぶにはあまりにも無惨な光景だ。

「いまのはわたしのせいじゃない」

『……切り替えろ、避難は済んでるはずだ。残りの雑魚を始末するぞ』

「ねえ! いまのはわたしのせいじゃない!」

『わかったから早く動け! 微速前進、即時反転クイックターン!』

 当然、頼子は頭上の怪物が、そんな漫才のすえ制御されているなど思いもしない。灰色の機体が撒き散らすデタラメな破壊力に、ただ打ち震えていた。ただし、恐怖ではなく、圧倒的な歓喜によって。

「――こんな凄い隠し玉を任されてたのなら、機動科なんかに配属されなくて当然ね」

 頼子の脳内で、たったひとつの大きな誤解を除き、おおむね事実に即した推察がまとまっていた。それが真実だと断じるつもりもないが、大事なのは眼の前の現実。

 つまり今ここに〝NOA〟がいて、敵を蹂躙しているということ。

「目に焼き付けなさい、ガラクタども。それがおまえたちの天敵よ」

 いつ巻き添えを食らうとも知れぬ中、この上ない笑顔を浮かべ、頼子は灰色の機体を見つめていた。


   ◇


 一方、司令室(CIC)。

『CIC! 灰色の未確認機を視認っ! あれは、あれは友軍機なんですか!?』

(私が知るもんですか)

 芹花の眠そうな瞳から色が消えていた。頬杖をついていた手を下ろし、無言でモニターを睨みつけている。映っているのは、勝利の女神と呼ぶにはあまりに異形の、灰色の機体。

 すべてが想定外。まったくの予測不能よそくふのう

「報告! 未確認機、識別信号シグナル応答ありません! 攻撃しますか!?」

「……いいえ。待機」

 芹花は冷たく言い放った。視線は残敵を掃討する灰色の機体に固定されたまま。

「イレギュラー。気に入らないですねぇ」

 普段より一段低い声。それにかぶさるように――。

「報告! 未確認機の攻撃により第四区監視塔が倒壊!」

『第一格納庫、敵機誘爆で炎上! ……ああ、滑走路に穴が』

『未確認機、さらに加速! こっちに来ます! 攻撃許可を!』

 怒涛のように押し寄せる被害報告。芹花はこめかみに青筋を浮かべ、端末をミシミシと握りしめて叫んだ。

「た、い、き! 待機ですっ!」

「し、しかし!」

「巻き添えくって無駄死にしますよ!? 今は離れて見てなさいっ!」

 芹花はおに形相ぎょうそうで怒鳴った。CICに初めて響いた彼女の怒声だった。


   ◇


「そこの新入生! 戻れと言っているだろ!」

 爆音と振動が絶え間なく地面を揺らす中、ヒカルは避難シェルターを飛び出していた。

「同室の子が見当たらなくて……初めて出来た友達なんです!」

「だからって、ここにいても君にできることは何もない!」

 避難誘導を務める上級生が苛立ったように腕を掴む。しかし次の瞬間、遠くの空で灰色の巨体が閃光を撒き散らした。

 ファントムだ。無茶苦茶な機動を続けながら、周囲に破壊を撒き散らしている。その光を見た瞬間、ヒカルの表情から、怯えも焦燥も――感情の全てが抜け落ちた。

「……タン、タン」

「……あ?」

「そこでターン」

 呟きと同時。上空のファントムが、見えない床を蹴るように急旋回した。

「ワン、ツー、ファイア!」

 ヒカルが指を弾く。そのタイミングと寸分違わず、上空で敵が光に呑まれて消滅し、流れ弾が地上を焼いた。

「うっ!」

 強烈な閃光と大気を伝う振動。上級生は思わずよろめいたが、ヒカルは微動だにせず上空を……ファントムを凝視ぎょうししていた。

「……リズムがズレてる。半拍遅い」

 紫の瞳が硬質な光を宿している。上級生は、掴んでいたヒカルの腕を思わず離してしまった。それを気にもとめず、ヒカルは小首を傾げて呟く。

「だれが乗ってるの? ぼくならもっと……」

 呟きは、そこで途切れた。ヒカルの瞳は、燃え盛る空を見上げているようで、もっと別の、彼にしか見えない「正解」を見ているようだった。

「お、おい……」

 上級生は、じり、と後ずさった。眼前の華奢な少年から、言い知れぬ不安と怖気おぞけを感じたからだった。


   ◇


 地下特秘格納庫。

「おい、瀬田」

 それまで無言を貫いていた羽柴教官が、ようやく口を開いた。

「貴様ひょっとしてわざとやっているのか? そのへんにしておけ、基地が使い物にならなくなる」

ぎぬですよ。だいいち、ファントムが出てなかったらとっくにそうなってます」

 羽柴はかすかに笑って言った。

「勘違いするな、責めてなどいない。むしろ胸がすく思いだ」

 紀彰は怪訝けげんに眉根を寄せた。構わず、羽柴は続ける。

「だが注意しろ、そろそろ限界が近い」

「限界? 何のです、霊力ならまだたっぷり――」

 その時だった。

『警告。霊力炉稼働限界。十秒後に強制冷却モードに移行』

 突如鳴り響いたアラートに、紀彰は唖然とした。

『何これ!? 出力が上がらない!』

 アカリの悲鳴。

「アカリ、着陸しろ! 早く!」

 紀彰は怒鳴り返し、コンソールを叩く。

「……ありえん、各種数値バロメータはどれも安全域のはず」

「実験機だ、あれはな。安全マージンがやたらとデカい」

 荒々しくネクタイをほどきつつ、羽柴は言った。

「……そんなバカな話がありますか、戦闘中ですよ!」

「そもそも実戦など想定してないからな。貸せ、クソッタレな保護システムを解除せねばならん」

 羽柴は髪を無造作に後ろに結びながら、紀彰を押しのけ、コンソールを高速で叩き始めた。

「どのくらいかかります?」

「さあな、五分か十分か……私にできるかどうかもわからん」

「あいつが死にますよ、大事な実験体なんでしょう!?」

「わかっている!」

 羽柴は怒鳴った。淡々としたこれまでの口調とは真逆の、覇気のこもった戦士のような咆哮ほうこう

「……せめて祈っていろ、瀬田。私でも貴様でもお国のためでもない、コードΦ――アカリのためにな」

 呆然とする紀彰だが、状況は止まってくれない。通信回線からアカリの悲鳴。

『ノリアキ、敵が来る! どうしたらいいの!?』

 冷却モードの薄明かりの中、全天周モニターも暗転し、生きているのはメインモニターと二つのサイドモニターだけ。沈黙するコクピットはパイロットを閉じ込める棺桶かんおけと成り下がっていた。

 そんな中、群がるスパロー級が一斉射撃。灰色の機体を直撃する。

「アカリ!」

 モニターには強烈な閃光。が、ファントムの装甲にはわずかな焦げ跡が残るだけ。

「心配いらん、クソ重いだけあって頑丈な耐霊装甲だ。スパロー級ごときならしばらく持つだろう」

 コンソールを叩きながら羽柴が言う。ほっとしかけた紀彰の視界の隅に、接近するD級の姿が映った。

「……あれはどうです?」

 羽柴はしばし無言でコンソールを叩いた後、舌打ちして言った。

「祈れ。ほかにできることはない」

『ノリアキ、助けて!』

 アカリの悲鳴に、紀彰は何も答えられなかった。


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