第2話 ルール説明

各々に様々な思考が巡りつつも、スタジオには一様に、じわりとした緊張感が広がり始めていた。


そこに――


ガチャッ


スタジオの扉が開き、三人の男女が入ってくる。


相馬は思わず、その三人を凝視した。


なんだ? この人たち――

全員、同じ黒いパーカー。フードを深くかぶり、顔はよく見えない。

体格からして、男が二人、女が一人……だと思うが、確信は持てない。


「うわ、完全に怪しい人たちじゃん。闇バイト?」


どこか浮いた調子の声が、場違いに響いた。

相馬の斜め前に座っている、落ち着きのない若い女性だった。


その直後だった。


「あ、まだ入っていいって言ってないでしょ!」


天井から、やけにフランクなアナウンスが流れる。


一瞬、間が空く。


相馬が困惑していると、すぐ近くに座っていた若い男が、肩を震わせて笑いをこらえていた。

楽しそう、というより、完全に面白がっている顔だ。


周囲を見渡すと反応はまちまちだった。

同じように吹き出しそうになっている者。

事態が理解できず、目を瞬かせている者。

そして――露骨に眉をひそめ、不快そうにしている中年の男。


「……説明、雑すぎないか?」


低く、苛立ちを隠さない声が聞こえた。


だが、そんな空気を気にする様子もなく、アナウンスは続く。


「あー、今スタジオに入ってきた人たちは今回、君たちプレイヤーを捕まえる鬼役の皆さんでーす」


……は?


こんな適当に、鬼の紹介をするものなのか。


相馬は、思わずフードの奥をもう一度見た。

「捕まえる」という言葉だけが、やけに耳に残る。


「さ、鬼とプレイヤーの顔合わせも済んだし、さっそくルール説明を始めますねー」


妙に軽い口調だった。


「ESCAPE FUND。よくEFとかエスケンドなんて言われてますけど、このゲームは、財前グループの金融会社『キンカス』によって開催されます」


一瞬、間が空いた。


「プレイヤーは、弊社の債務者から拒否権なく選ばれた人間、一般募集で当選した人間など、いろいろでして――え、えっ? あ、マジすか」


急に、アナウンスが乱れる。


なんだ? 今の。


「……あ、そこ言わなくていいやつ?」


誰に向けた言葉なのかも分からない独り言が混じり、すぐに仕切り直すように続いた。


「あー、っと。まぁ、ルールだけ簡単に説明しますね」


こいつ、完全に面倒になってないか。


「とりあえず、1週間逃げ切れば大丈夫です。ただ、数種類のミッションがあるので、これを説明していきます」


相馬は、無意識に自分の腕時計に視線を落とした。


残高は、まだゼロのままだった。


「まずは個人ミッションから説明します」


天井のスピーカーが、相変わらず軽い調子で鳴った。


「これはプレイヤーごとに内容が異なります。ゲーム開始と同時に、複数まとめて腕時計に送られます」


複数、という言葉に、相馬は眉をひそめた。


「数はだいたい三つから五つくらい。人によって違います」


選べ、ということか。


「クリアすれば報酬がもらえます。平均で一件十万円くらいですね」


――十万。


思わず、喉が鳴った。

一回のミッションで稼げる額としては、十分すぎる。


「……一発で?」


誰かが半信半疑で呟く。


「はい。もちろん内容次第ですけど。軽いやつもあれば、ちょっとリスク高めのもあります」


「で、やらなかったら?」


今度は、先ほどから腕を組んで聞いている中年の男だ。


「ペナルティはありません。やるかどうかは自由です」


「個人ミッションは、最初に送られるもの以外にも、ゲーム期間中に追加されることがあります。なので、ちょくちょく確認してくださいね」


相馬は、無意識に自分の腕時計を見下ろした。


「次に、共通ミッションです」


声のトーンが、ほんの少しだけ変わった気がした。


「これはゲーム開始時に、全員に同じ内容が送られます。こちらも複数ありますが、追加はありません」


「……全員?」


「はい。全員です」


嫌な予感が、胸の奥で形になる。


「ゲーム終了時点で、共通ミッションをすべて達成できていない人がいる場合――」


一拍、間が空いた。


「全員の賞金が減額されます。未達成の生存者が多い場合は、賞金が無効になることもあります」


スタジオが、静まり返った。


「は……?」


誰かが、声を漏らす。


「まぁ、例外もありますよ」


その空気を壊すように、明るい声が続く。


「他のミッションの報酬で、共通ミッションの免責――つまり、未達成でも自分は関係なく賞金を受け取れる権利、なんてものもあります」


一瞬、救いの言葉に聞こえたが。


「――うぇっ!? これ言っちゃダメなやつ!? あ、マジか。ごめん! 今の忘れて!」


忘れられるはずがなかった。


相馬は、背中にじわりと汗が滲むのを感じた。

協力しなければならない。

だが、誰かが抜け道を持つ可能性もある。


「最後に、合同ミッションです」


「これは不定期に発生するイベントみたいなもんですね。基本的には全員参加が前提です」


「失敗してもペナルティはありませんが、不参加の場合は違約金が発生します。所持金の一部を徴収しますので、ご注意ください」


「その分、報酬はいい額を用意してます。期待してください!」


期待、という言葉が、やけに軽い。


「……逃走資金は?」


短く、鋭い質問が飛んだ。


「あ、そこ大事ですね」


少し間を置いてから、アナウンスが答える。


「ゲーム期間中は、ミッションで得た所持金のみ使用可能です。食事、移動、宿泊、全部です。現金の持ち込みは不可」


ざわ、と空気が動いた。


「水も?」


「もちろん買ってください」


「逃げる範囲は?」


今度は、少し離れた席から。


「関東一円です。県またぎOK。国外、離島、立ち入り禁止区域はナシでお願いします」


「基本的に、この三種類のミッションで賞金を増やしつつ、鬼に捕まらないよう一週間過ごせばクリアです」


相馬の中で、その言葉が引っかかった。


捕まる。


「ちなみに、鬼に捕まっても即ゲームオーバーではありません」


その続きを、誰も遮らなかった。


「捕まった場合、清算フェーズに入ります。数時間から半日ほど拘束され、いくつかの選択肢が提示されます」


「その選択次第で、今後の展開が大きく変わることもありますので、慎重に選んでくださいね」


拘束、選択、清算。


どれも、軽く扱っていい言葉じゃない。


「――以上です」


本当に以上なのか、と誰もが思っていた。


「あ、そうそう、自宅で過ごすのは禁止ですからね」


「特に質問がなければ、さっそく」


一拍置いて、明るく告げられる。


「皆さんには、逃げてもらいましょうか!」


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ESCAPE FUND 喜多殿 @kidaden

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