部室の掃除機(4)
海中から出現したシャトルは、透明感のある硬質な群晶のファセットが織りなす光の多面体であり、きらめく船体外殻にレイリー散乱のあまねく青を吸い込んでいた。潮気のある飛沫を撒き散らしながら一同の東屋に接近し、クリスタル状の斜路を展開する。
「最後になりますが」アドラーがいった。「クローヴィス星をご覧になってください」
三上先生がふり返り、肩をすくめた。
一同はシャトルに乗り込んだ。不定形のソファーが鎮座し、壁面に天球状のスクリーンが展開している。シャトルは異常に滑らかに飛翔した。ワームホールを通過すると、無酸素の暗黒がスクリーンを覆った。速水の鼻ちょうちんが地球の重力を捜して曖昧に漂う。目的の星は二時間で見えてきた。白銀色の凍てつく極光を抜けて、対流圏を過ぎると、クローヴィス星の大地に夕暮れが照っていた。
着陸した基地局の中では、クローヴィス星人たちが待ち構えていた。
数百人の群れ――その誰もが、同じ顔の少年だった。
「たしかに、われわれは勝ちましたがね」黒崎がいった。「別にこっちは、そちらさんが滅びることなど望んじゃいませんぜ」
「すでに決まったことですから」〈ゲーム〉プレイヤーの少年がいった。
「いろいろ聞きたいことがあるんですが」速水がいった。「クローヴィス星人は、なぜ、相手の星と命を賭けてゲームをするんですか? 誰がこのゲームを作ったんですか? いつからこのゲームをしていて……どうして、これまで絶滅せずにやってこれたんですか?」
「最後の質問から答えましょう」
一同はエレベーターに案内された。基地塔を登る。辿りついた部屋の強化アクリル張りの床から、眼下の工場を見下ろすことができた。脂ぎったタンクから張り巡らされたパイプが、プラスチック原料を抽出するための分解炉と分留装置に繋げられ、ペレット素材は塗装用区画に運ばれている。ローラーが鉄鋼を鋳造・圧延して、射出成形機を経た金属材が塗装機の前で合流する。裁断機、プレス加工、溶接マシン……あらゆる工程が無人機械で実装され、徐々に組み立てが進む。屠畜場の肉吊りフックのようにぶら下がる完成直前の機体を見て、ようやくこの工場が、何を作っているのかが判明した。
「われわれは、何度も絶滅しています。ゲームに敗北するたびに」少年は、服を脱いだ。機械の身体が露わになった。「そのたびに、クローヴィス星人は工場で作りなおされるのです」
「そちら様は」黒崎がいった。「ロボットだったんですかい?」
「というより――ゲームの〝駒〟ですね」
「!」
「だから、僕が敗北したとき、すでに運命は決まっていたのです。駒はしょせん、ゲームの外側では生きられません。それがルールです――そのように作られたのですから」
「そのルールを作ったのは誰なんだ?」三上先生がいった。
「かつて、ふたりの魔女が戦争をしていました。その闘争はあまりに壊滅的で、いくつもの銀河が滅びかけたので、やがて魔女たちは勝負のルールを決めることにしました。魔女たちは、基底現実に干渉する〈ゲーム〉を作り、ゲームの駒として、僕たちのような少年型オートマトンを作りました。そして、ひとりの魔女が、もう一方の魔女を封印しました。あの〈ゲーム〉の内容は――かつての戦争を模しています」
螺旋階段を登り、一同は屋上に辿りついた。
巨大な穴が、クローヴィス星の大地に空隙をあけていた。
「魔女はいまでも、この星の核に封印されています――かつての敗衄の結果として。僕たちは、われらが魔女を目覚めさせるために、果てのない争いを繰り返しています。魔女を目覚めさせるためには、〈ゲーム〉の封印を解かなければなりません。封印は強力です――ひとつの封印を解くためには、ひとつの星の文明を滅ぼすしかありません。僕たちが異星の住民を相手に、一度ゲームに勝利するたびに、新たなゲームの要素が一つずつ追加されます。今回プレイされたカードゲームとボードゲームは、未だ要素は二つです。たかが二つ目の封印が解かれたにすぎない。〈ゲーム〉はさらに複雑になっていきます。言い伝えによれば、四十三番目の封印が解かれたときには、七つの星系がゲーム環境として用いられたそうです」
「その先は?」
「わかりません。いつになれば終わるのか……われわれの連勝記録は四十三までです。ゲームに一度でも負ければ、われわれはすべて灰燼に帰します。そして、すべてを一から初めるのです。《穴》の向こう側にいる、見知らぬ文明を相手に」
「ローグライクの星なんですな」
スクリーンには、工場高炉へと自ら飛び込む少年たちの姿があった。
少年たちはウルフシュレーゲルスタインハウゼンベルガードルフから抽出した骸炭、鉄鉱石、石灰石と入り混じり、精錬と製鋼を経て、不純物を濾過し、自動機械による成型を経て、またそれぞれの駒として作り直される。クローヴィス星人は滅びる。何度も、何度も、何度でも。そして、ゲームに挑み続けるのだ。
シャトルが《穴》を通過した。
十字架の光芒がスパークを放ち、ワームホールが閉じていった。
「まさか、自衛隊ごときに撃墜されるとはな」
三上先生が、口から埃を吐いた。春原女子校の運動場には、爆炎と黒煙を噴くシャトルの姿があった。花見中だった教員たちが、消火器代わりにシャンパンを浴びせる。二発目のミサイルは飛んでこない。速水と黒崎も、どうにか背を起こした。船殻の穴から空中で放り出された一同は、深緑色のバックネットに引っかかっていた。黒崎の尻の真下で、拉致された少年が圧されている。
三上先生は、少年の肩に掴みかかり、何度も呼びかけた。だが、少年は目を覚まさなかった……かれの言うとおり、ゲームの外側では生きることができないのだった。
「そういうわけで」掃除機の少年が回想を終えた。「クローヴィス星から拉致された僕は、第二の生を享けることになったのです。ドクターペッパー道部の掃除機として!」
「でも、どうして生きて……」八禍本がいった。「回想と現在が繋がってないんですけど」
「かれを目覚めさせるために」と速水。「情報科学部でもあれこれやってみました」
「それで、治せたんですね?」
「いいえ。うんともすんとも」
『ハードウェアは専門外なんだよっ』クォンタリアが口を挟んだ。『魔法はもっとだ! 無茶いわんといてくれ!』
「そんなある日――」
「部室に、こんなものが届いたそうです」
少年掃除機が、ポケットから見覚えのあるカードを出した。
兵士の駒ひとつを、盤外に排除するカード。《用済み》だ。
――〝これで自由だ! もう魔女の指図はうけないぞ〟
「宛名のない封筒に、そのカードが入っていた」と三上先生。「僕がカードを出した途端、部室の空間が光に包まれて……光が消えたとき、部室でかれが、大げさにあくびをしていた」
「手紙は誰から?」
「わからない」三上先生がいった。「もうひとりの魔女だろうかね」
基底現実に干渉する〈ゲーム〉――八禍本は考える。それはゲームではなく、現実そのものではないだろうか。だとすると、現実のわれわれも、何らかの駒だったりするのか?
より上位の存在の……?
まあ、考えても仕方のないことである。
新入部員・歓迎会の最中。八禍本は掃除機の少年に、昼食のなかよしパンの空袋を捨てさせた。
時間ですので、今回の講義はここまで。ドクターペッパー道の内実が掴めてきましたか? 当時の文化習俗や政治体制が、どのように二十一世紀の人類の思想に影響を与えてきたか、そのダイナミズムを資料に沿って考察してみましょう。課題レポートは研究室ドアの壁掛けポケットに入れてください。大きなワニがいるので気をつけて。
部室の掃除機(完)
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