第八話 錆びついた伝説の翼

イゾウに連れられ、俺たちは溶鉱炉跡地のさらに地下深くへと潜った。


隠しエレベーターが重苦しい音を立てて下降していく。空気はひんやりと冷たく、地上の腐臭とは違う、古びたオイルと鉄の匂いが漂っていた。


「ここに来るのは数年ぶりだ」


イゾウは葉巻を揉み消し、エレベーターの格子戸を開けた。


そこは、巨大な地下ドックになっていた。


高い天井には無数の水銀灯が並び、その下で、巨大な「何か」が黒いシートに覆われて眠っている。


「これが、俺が見せたかったものだ」


イゾウが壁のスイッチを入れる。


バチバチッ、という音と共に照明が点灯し、ドックの中央が照らし出された。


イゾウがシートを乱暴に引き剥がす。


舞い上がる埃の中、その鋼鉄の獣が姿を現した。


「……すげえ」


俺は思わず息を呑んだ。


そこに鎮座していたのは、全長十メートルほどの航空機だった。


だが、ただの飛行機じゃない。鋭角的なフォルムを描く黒い装甲、翼の代わりに備えられた四基の巨大な可変ローター。


まるで猛禽類が翼を休めているような、静かで凶暴な威圧感。


「強襲揚陸艇『八咫烏(ヤタガラス)』。四十年前、貧困の王がクーデターの切り札として用意した、ステルス機能付きのVTOL(垂直離着陸機)だ」


イゾウが愛おしそうに機体の装甲を叩いた。


「当時の政府軍のレーダーを掻い潜り、王を首相官邸の屋上へ直接送り届けるはずだった。……計画が失敗して、一度も空を飛ぶことはなかったがな」


俺は機体に歩み寄り、その表面を撫でた。


塗装は剥げ、所々錆が浮いているが、基本骨格は生きている。乃乃重工の量産品とは違う、職人の魂が込められた一品モノだ。


ジャンカーとしての直感が告げている。こいつは、まだ死んでいない。


「こいつがあれば、満島の防空システムを突破して、島へ上陸できる」


「ああ。だが、見ての通りだ」


イゾウが機体の後部ハッチを開けた。


そこにあるはずの心臓部――メインエンジンが、ごっそりと抜け落ちていた。


「エンジンがない。それに、制御OSも古すぎて使い物にならねえ。今のままじゃ、ただの鉄の棺桶だ」


イゾウは俺を振り返り、ニヤリと笑った。


「だから、お前たちが必要なんだよ。レン、お前の腕でこいつのエンジンを組み上げろ。そしてナイン、お前の演算能力で、こいつの火器管制(FCS)と操縦システムを最新鋭に書き換えろ」


俺とナインは顔を見合わせた。


無茶苦茶な話だ。四十年前の骨董品に、最新の心臓と頭脳を埋め込めと言っている。


だが。


「……悪くねえ」


俺の口元が自然と歪んだ。


壊れた機械を見ると、直したくて指が疼く。それがジャンカーの悲しい性(さが)だ。ましてや、こんな極上の素材を前にして、燃えないわけがない。


「ナイン、どうだ? お前の処理能力でこいつを飛ばせるか?」


「機体構造データをスキャン中……。空力特性、良好。ただし、現在のアビオニクス(航空電子機器)では反応速度に0.5秒の遅延が発生する」


ナインは淡々と分析し、機体のコクピットへ視線を向けた。


「私のシステムを中枢に直結すれば、遅延はゼロになる。ただし、飛行には莫大なエネルギーが必要。高出力の動力源(パワーコア)が不可欠」


「動力源か……」


俺は腕組みをした。


この巨体を、しかもステルス状態で飛ばすとなれば、そこら辺の発電機じゃ動かない。軍事用クラスの、とびきりヤバい「何か」が必要だ。


「心当たりはあるぜ」


イゾウが懐から、先ほど俺たちが命がけで取ってきたメモリーチップを取り出した。


「このチップにはな、過去に乃乃重工が隠蔽した『ある施設』の場所が記されている。そこに行けば、八咫烏を動かすための『核バッテリー』が手に入るはずだ」


核バッテリー。


その言葉の響きに、俺は生唾を飲み込んだ。スラムでそんなものを扱えば、一歩間違えば街ごと吹き飛ぶ。


「危険な賭けになるぞ」


「今さらだろ? どうする、乗るか?」


イゾウの問いかけに、俺はナインを見た。


彼女は無表情のまま、しかし確かな信頼を込めて俺を見返していた。


「レンが決定して。私は、あなたの剣となり盾となる」


その言葉で十分だった。


俺は八咫烏の装甲を拳で叩き、宣言した。


「やってやるよ。この翼を蘇らせて、満島(あそこ)の連中の度肝を抜いてやる」


鉄の墓場で、新たなプロジェクトが始動した。


目的は『八咫烏』の修復。


ターゲットは、廃棄された軍事施設に眠る『核バッテリー』。


俺たちの反撃が、ここから始まる。

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