第七話 鉄を喰らう獣たち

約束の正午。


俺とナインは、第三工業区にある溶鉱炉跡地へと足を踏み入れた。


かつて日本の製鉄業を支えたこの場所も、今は巨大な鉄の墓場だ。


赤錆びたパイプが血管のように張り巡らされ、崩れ落ちた天井からは太陽の光が斑(まだら)に差し込んでいる。


「時間通りだな」


巨大な高炉の影から、イゾウが姿を現した。


相変わらずのボロボロのコートに、右肩の重装甲義手。その手には、何も持たれていない。


「来たからには覚悟は決まってるんだろうな、小僧」


「ああ。俺たちに必要なのは『力』だ。あんたがそれをくれるって言うなら、地獄の底まで付き合ってやるよ」


俺が睨み返すと、イゾウはニヤリと笑い、足元のマンホールを指差した。


「地獄なら、すぐそこにあるぜ」


「……あ?」


「この地下区画は、廃棄された制御室へと繋がっている。そこに、昔俺が隠した『あるメモリーチップ』がある。それを取ってこい」


ただのお使いか? 俺が拍子抜けしていると、イゾウは低い声で付け加えた。


「ただし、そこは今や『鉄喰(てつく)い』どもの巣窟だ。生きて戻れたら、話の続きをしてやる」


マンホールの下は、蒸し暑い闇だった。


鼻をつくのは、腐った油と、獣の糞の臭い。


俺はヘッドライトの明かりを頼りに、湿った通路を進んでいた。


「レン。前方20メートルに多数の生体反応。――警戒を」


背後を守るナインが、淡々と警告する。


彼女の目は暗視モードに切り替わっているのか、微かに青く発光している。


「『鉄喰い』ってのは、あれのことか?」


俺がライトを向けると、通路の奥で何かが蠢(うごめ)いた。


体長は一メートル近い。丸々と太った身体は、剛毛の代わりに金属片やワイヤーが突き刺さり、皮膚が硬化している。


環境汚染と突然変異が生み出した、スラムの害獣。変異ネズミだ。


「キシャァァッ!」


光に反応した一匹が、金属を擦り合わせたような奇声を上げて飛びかかってきた。


速い!


「リンク開始!」


俺は叫ぶと同時に、脳内のスイッチを切り替える。


ズキン、と側頭部に痛みが走るが、視界に赤い予測ラインが走った。


ネズミの軌道が見える。


俺は半歩下がり、空中で身体を捻ったネズミの腹へ、改造ネイルガンの銃口を突き出した。


パスッ!


五寸釘が硬い皮膚を貫き、内臓を破壊する。ネズミは汚い体液を撒き散らして絶命した。


「ふぅ……なんとかなるな」


「敵増援、接近。数、15……いや、20」


ナインの声に、俺は顔を引きつらせた。


通路の奥から、無数の赤い目が光っている。


一匹なら雑魚だが、群れとなれば話は別だ。しかも、こいつらの牙は鉄パイプすら噛み砕く。生身の俺が噛まれれば、肉ごと骨を持っていかれる。


「……ナイン、援護頼む!」


「了解。効率的な排除行動を開始する」


ナインが前に出た。


彼女は何の武器も持っていない。だが、襲いかかるネズミの群れに対し、まるで舞うように動いた。


飛びかかるネズミを片手で掴み、その勢いを利用して別のネズミに投げつける。


さらに、固い壁に叩きつけ、踏み潰す。


その動きに無駄は一切ない。残酷なまでの「処理作業」だ。


だが――。


「しまっ……!」


俺の死角から、天井を這ってきた一匹が落下してきた。


ナインは気づいているはずだ。だが、彼女は反応しない。目の前の三匹を処理することを優先している。


(くそ、自分の効率優先かよ!)


俺は反射的に左腕の義手を掲げた。


ガギィッ!


ネズミの牙が義手の装甲に食い込む。激痛はないが、装甲が軋む音が聞こえる。


俺は強引に義手を振り回し、ネズミを壁に叩きつけてネイルガンでとどめを刺した。


「ハァ、ハァ……! おいナイン! 俺が食われそうだったのが見えなかったのか!?」


俺が怒鳴ると、ナインは最後のネズミの首をへし折りながら振り返った。


「見ていた。だが、レンの左腕の装甲強度なら耐えられると計算した。私の行動リソースを割くより、敵の殲滅速度を上げた方が、全体的な被害は少ない」


彼女は平然と言い放った。


論理的には正しいのかもしれない。だが、感情的には最悪だ。


こいつには「仲間を守る」という概念がない。あるのは「任務の達成」と「損益計算」だけだ。


「……あのな、俺は生身の人間なんだ。計算通りにいかねえこともあんだよ」


「学習。人間の耐久値には、精神的な不確定要素が含まれる?」


「そういうことだ。覚えとけ」


俺は溜め息をつき、食い破られた義手の装甲を撫でた。


修理が必要な箇所が増えちまった。


最奥の制御室。


埃を被ったコンソールの裏から、俺たちは目的のメモリーチップを見つけ出した。


旧時代の規格だが、保存状態は悪くない。


「これで文句ねえだろ」


地上に戻ると、夕焼けが空を血の色に染めていた。


イゾウは葉巻を吹かしながら、俺が差し出したチップを受け取った。


「ほう。まさか本当に行ってくるとはな。しかも、五体満足で」


「腕の装甲を持っていかれたがな」


「その程度で済んだなら上等だ。あのネズミどもは、かつて乃乃重工が失敗作として廃棄したバイオ兵器の末裔だ。油断すれば秒で骨になる」


イゾウはチップを懐にしまうと、俺の目を真っ直ぐに見た。


試すような色は消え、そこにはある種の「認定」が含まれていた。


「合格だ、レン。お前には『資格』がある」


「資格?」


「ああ。この腐った島で、ただ生きるだけじゃなく、抗うための資格だ」


イゾウは俺たちに背を向け、歩き出した。


「ついて来な。俺のアジトで、とっておきのモンを見せてやる。お前らが満島へ行くために必要な『翼』の話だ」

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