第六話 古き血の訪問者
地下鉄の廃駅にあるアジトに戻った俺たちは、さっそく戦利品の山を広げた。
「バッテリーパックが三個、圧縮ガスボンベ、それに高純度の伝導ワイヤーか。上出来だ」
俺は作業台に向かい、愛用のネイルガンを分解し始めた。
スラムの喧嘩で手に入れたパーツだが、今の俺にはダイヤの原石に見える。
特にこの伝導ワイヤーはいい。こいつをネイルガンの発射機構に組み込めば、ガスの圧力を安定させ、連射速度を上げられるはずだ。
「レン。作業効率が悪い。私が設計図を引こうか?」
横で缶詰の合成肉を齧っていたナインが、口元を汚したまま覗き込んでくる。
「余計なお世話だ。俺の道具(相棒)は俺がいじる。お前の計算通りの完璧な武器じゃ、俺の手に馴染まねえんだよ」
「理解不能。道具は性能数値が高い方が優れている」
ナインは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は手を出してこなかった。
俺はハンダごてを握り、黙々と作業に没頭する。この時間だけは、左腕の痛みも、サヤがいない寂しさも忘れられる。
だが、その静寂は唐突に破られた。
カツン、カツン、カツン……。
ホームの奥、暗闇の中から硬質な足音が響いてきた。
俺は弾かれたように顔を上げ、組み上がったばかりのネイルガンを構えた。
野良犬(ドローン)じゃない。人間だ。しかも、足音を隠そうともしていない。
「……誰だ。ここは立ち入り禁止だぞ」
俺が闇に向かって威嚇すると、足音が止まった。
薄暗い非常灯の明かりの中に、大柄な影が浮かび上がる。
身長は二メートル近いだろうか。全身をボロボロのトレンチコートで覆い、顔には深い古傷が刻まれている。
そして何より目を引くのは、その右肩だった。巨大な鉄塊のような重装甲の義手が、コートの下から鈍い光を放っている。
「いい反応速度だ。それに、そのネイルガンのカスタム……素人仕事じゃねえな」
男の声は、砂利を混ぜたように低く、しわがれていた。
敵意はないようだが、放っている威圧感が半端ではない。ただのジャンク屋崩れじゃない。この街で長く生き残ってきた「猛者」の匂いがする。
「おっさん、何者だ。俺たちに何の用だ」
「用があるのは俺の方じゃない。お前らの方だろう? ――『乃乃重工』の追手から逃げてるネズミさんたちよ」
俺の心臓が跳ねた。
こいつ、知っているのか。
「レン。対象から強力な戦闘エネルギーを感知。警戒レベル、オレンジ」
ナインが音もなく立ち上がり、俺の背後に回る。いつでもリンクを開始できる体勢だ。
だが、男は両手を挙げて、武器を持っていないことを示した。
「殺り合おうってわけじゃねえ。俺の名前は**イゾウ**。昔、ちょっとばかり騒がしい『夢』を見ていた男の成れの果てだ」
イゾウと名乗った男は、ナインの方を一瞥し、ニヤリと笑った。
「鉄屑通りでの立ち回り、見させてもらったぜ。その嬢ちゃん、タダモノじゃねえな。乃乃重工の新型か?」
「……だとしたら、どうする?」
「どうもしねえ。ただ、懐かしいと思っただけだ」
イゾウは懐から一本の葉巻(シケモク)を取り出し、火を点けた。紫煙がくゆり、男の顔を隠す。
「四十年前にな、俺たちの『王』も似たようなことを言ってたよ。『機械の力は、使いようによっては人を救う剣になる』ってな」
王。四十年前。
俺はその単語に息を呑んだ。このプールアイランドでその言葉が意味するものは一つしかない。
「あんた……まさか、『貧困の王』の残党か?」
「残党、ね。今はただの老いぼれだがな」
イゾウは自嘲気味に笑い、鋭い視線を俺に戻した。
「小僧、お前『満島』に行きたいんだろ?」
図星だった。
なぜこいつがそれを知っている?
「顔に書いてあるぜ。この泥沼から空を見上げてる奴の目は、いつにも増して同じだ」
イゾウは義手の指先で、天井――その遥か上にある地上の空を指差した。
「だがな、その嬢ちゃんの力だけじゃ無理だ。今のままじゃ、乃乃重工の本隊が出てきた瞬間に蒸発して終わりだ。お前の身体も保たねえ」
「……分かってるよ。だから、力をつけてる最中だ」
「力が欲しいなら、俺のところへ来い。このネイルガンの腕に免じて、少しばかり知恵を貸してやる」
イゾウは踵を返し、背中で語った。
「明日の正午、第三工業区の溶鉱炉跡地だ。来なければそれまで。野垂れ死ぬのも自由だ」
男の姿が闇に消えても、その場にはタバコの臭いと、重苦しい緊張感が残っていた。
「レン。罠の可能性、85%」
ナインが冷静に分析する。
俺もそう思う。だが、あの男の目は、単なるスラムの悪党とは違っていた。何か、もっと深い絶望と、小さな希望を知っている目だ。
「……ああ。だが、ただのハイエナ稼業を続けてても、満島には一生届かねえ」
俺は作業台の上の、組み上がったばかりのネイルガンを強く握りしめた。
これがチャンスなのか、それとも地獄への入り口なのか。
確かめる価値はある。
「行くぞ、ナイン。明日は忙しくなりそうだ」
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