第五話 ハイエナたちの宴
翌朝。
俺は頭を割られるような頭痛と共に目を覚ました。
「……最悪の目覚めだ」
古びたソファから起き上がると、左腕が鉛のように重い。昨日の治療のおかげで動くようにはなったが、神経がまだ悲鳴を上げている。
俺たちの現状は詰んでいた。
食料はない。水もない。そして何より、俺の義手とナインを動かすための「電力」が底をつきかけている。
「レン。エネルギー残量、12%。活動限界まであと四時間」
ナインが俺のオーバーサイズなパーカーの裾を引っ張り、無表情で報告してくる。
この呼び捨てはどうにも慣れないが、訂正する気力もなかった。
「分かってる。買い出しに行くぞ」
「推奨ルートを検索。……北西3キロ地点に高密度の生体反応とエネルギー反応あり」
「ああ、『鉄屑通り(ジャンク・ストリート)』だ。あそこなら何でも揃う」
ただし、代償が必要だ。
俺は腰のホルスターにネイルガン(釘打ち機)をねじ込み、背中にパイルバンカーを背負った。
†
第8地区の「鉄屑通り」は、いつにも増して腐った臭いが充満していた。
トタンや廃材で組まれた露店がひしめき合い、怪しげな改造手術を受けた売人たちが、盗品や死体から剥ぎ取ったパーツを並べている。
俺たちは目立たないように路地の影を歩いていたが、それでも視線は避けられなかった。
理由は単純だ。ナインが綺麗すぎる。
泥と油にまみれたこの街で、彼女の白磁の肌と、パーカーから覗く無防備な足は、闇夜の灯台のように欲望を引き寄せてしまう。
「おいおい、上玉が歩いてるじゃねえか」
案の定、行く手が遮られた。
現れたのは三人の男たち。全員、身体のどこかしらを安物の機械に変えている。
右目がカメラになっているスキンヘッドの男が、下品な笑みを浮かべてナインに近づいてきた。
「見かけない顔だな。どこの組織の慰み者だ?」
「……個体識別不能。所属組織なし」
ナインが正直に答えると、男たちは顔を見合わせてニヤついた。
「フリーかよ! なら話は早え。俺たちのボスに挨拶に行こうぜ。可愛がってやるよ」
「断る」
俺はナインの前に割って入った。
男のカメラ義眼がギョロリと動き、俺を値踏みする。
「あぁ? なんだそのボロい義手は。スクラップ置き場から拾ってきたのか?」
「こいつは俺の連れだ。失せろ」
「威勢がいいな、ガキが」
男が指を鳴らすと、後ろの二人がバタフライナイフと鉄パイプを構えた。
交渉決裂だ。
俺は背中のパイルバンカーに手を伸ばそうとして――止めた。
あんな高出力兵器をこんな狭い路地で使えば、俺も巻き込まれる。何より、今の俺の体調であれを使えば、確実に気絶する。
(ネイルガンで牽制して逃げるか……?)
判断に迷った一瞬の隙。
それが命取りだった。
右目の男が、人間離れした速度で踏み込んできたのだ。
「遅えよ!」
ドカッ!
腹に重い蹴りが入り、俺はゴミ袋の山に叩きつけられた。
肺の空気が強制的に吐き出される。
「がはっ……!」
「レン!」
ナインが駆け寄ろうとするが、他の二人に両腕を掴まれる。
「へへッ、この女、すげえ肌触りだぞ!」
「こいつを売り飛ばせば、一生遊んで暮らせるぜ」
男たちの視線がナインの肢体に這い回る。
俺は泥水を啜りながら、身体を起こそうともがいた。
力が、入らない。昨日の反動がまだ残っている。
「……くそ、離せ……」
「状況分析。レンの戦闘能力、低下中。単独での打開は困難」
捕らえられたナインが、冷徹な声で呟いた。
彼女は拘束されていることになど一切動揺せず、ただ俺を見ていた。
「戦術支援(タクティカル・サポート)を提案。私の演算能力をリンクさせる」
「……なんだと?」
「昨日のような高出力砲撃は不要。近接戦闘(CQC)パターンの予測データを、あなたの視覚野に直接流し込む。――承認(イエス)?」
選択肢はなかった。
俺は血の混じった唾を吐き捨て、頷く。
「……やってくれ」
ナインの瞳が青く明滅した。
「リンク開始。――情報量、制限解除」
キィィィン……!
俺の脳内で、耳鳴りが爆発した。
視界がノイズで埋め尽くされ、次の瞬間、世界が変わった。
暗い路地の輪郭線が鮮明に浮かび上がり、男たちの動きに赤い「予測ライン」が表示される。
筋肉の収縮、重心の移動、呼吸のタイミング。すべてが数値として俺の脳に雪崩れ込んできた。
「ぐ、あぁっ……頭が……!」
頭蓋骨を内側からヤスリで削られるような不快感。
だが、身体は勝手に動いた。
「死ねや!」
鉄パイプを振り上げた男の動きが、スローモーションに見える。
――違う。俺が速くなったんじゃない。
『どこに避ければ当たらないか』を、脳が理解するよりも先に身体が知っているのだ。
俺は最小限の動きで一歩踏み込み、鉄パイプを紙一重で回避。
がら空きになった男の脇腹に、ネイルガンの銃口を押し当てた。
パスッ、パスッ!
圧縮空気の音と共に、五寸釘が男の脇腹に深々と突き刺さる。
「ぎゃああああ!?」
男が崩れ落ちるのと同時に、俺はもう一人に向かって回し蹴りを放っていた。
これも俺の意思じゃない。ナインの計算だ。
蹴りは正確に男の顎を捉え、脳を揺らして失神させる。
「な、なんだテメェ……動きが変わりやがった!?」
残ったリーダー格の男が、顔を引きつらせて後ずさる。
俺は頭痛と吐き気に耐えながら、ゆらりと立ち上がった。
ナインによる強制操作(オートパイロット)。
まるで自分の身体がラジコンになったような気持ち悪さだ。
「……おい、ナイン。もういい、切れ」
「推奨。脅威の完全排除」
「うるせえ! 俺の頭が爆発する!」
俺が叫ぶと、ふっと視界の予測ラインが消えた。
同時に、強烈な目眩が襲ってくる。俺は膝をつきそうになるのをこらえ、リーダーの男を睨みつけた。
「……次は眉間に釘をぶち込むぞ。消えろ」
男は仲間を見捨てて、悲鳴を上げながら路地の奥へと逃げ去っていった。
静寂が戻る。
俺はその場に大の字に倒れ込んだ。鼻からツーっと熱いものが流れる。鼻血だ。
「戦闘終了。お疲れ様、レン」
ナインが俺の顔を覗き込む。
俺は手の甲で鼻血を拭い、彼女を睨んだ。
「お前……情報の流しすぎだ。脳みそが焼き切れるかと思ったぞ」
「調整不足。次回はデータ量を15%削減する」
彼女は悪びれる様子もなく、倒れている男たちのポケットを漁り始めた。
小銭入れ、バッテリー、未開封の栄養バー。手際よく戦利品を回収していく。
「収穫あり。これで当面の活動は維持できる」
ナインが差し出した戦利品を見ながら、俺はため息をついた。
エネルギー弾を撃てば腕が焼け、情報を貰えば脳が焼ける。
この「最強の武器」を使いこなすには、俺の身体はあまりにも脆すぎる。
「……ハイエナ稼業も命がけだな」
だが、手応えはあった。
この力があれば、スラムの底辺から這い上がれるかもしれない。
俺たちは奪った物資を抱え、薄暗い「鉄屑通り」を後にした。
その背中を、建物の屋上から見下ろす影があることには、まだ気づいていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます