第2話裁定の刃、揺れる心

数日が経っていた。

 その間、少年は何も問わなかった。

 男も何も語らなかった。


 けれど、時は容赦なく訪れる。

 ──裁定のときが。


 


 場所は〈ルフ=アルヴェス〉本部の奥深く。

 血と鉄、影と硝子が交錯する「裁定の間」。

 そこは粛清の意志が具現化した空間。

 ひとたび誤れば、刃は身内にも容赦しない。


 石造りの円卓の中心に、アーデンは独り立っていた。

 その背には、少年はいない。──連れてはこなかった。

 連れてくれば、その場で首を刎ねられていたかもしれない。


 


 眼前に座すのは六名の影。

 ギルド最高幹部〈六爪(ヘクサ・クロー)〉の一角──

 その中でも鋭く、そして唯一、かつての戦友でもある男。

 名を、トゥリスという。


 


 「──任務、放棄。標的の“子”を見逃し、潜伏中。

  アーデン、お前らしくもない。何があった。」


 その声は冷えきっていた。

 かつて共に血を浴びた仲とは思えぬほどに。


 


 アーデンは、短く息を吐いた。

 それは、抗弁ではない。ただ事実を告げるための沈黙だった。


 


 「……あの子は、何も持っていなかった。

  だが、その瞳だけが……まっすぐだった。」


 


 トゥリスの眉がわずかに動いた。

 アーデンは続ける。


 


 「泣かなかった。怯えもしなかった。

  俺を、責めも、拒みもしなかった。

  まるで──すべてを受け入れているようだっ 

た。」


 


 「だから、お前は……命令を破った?」


 


 「違う。……あの瞳を、消したくなかった。それだけだ。」


 


 沈黙が落ちる。

 室内の空気が張り詰め、結界の紋が軋みを上げる。

 〈六爪〉たちは互いに視線を交わすが、誰も言葉を発さない。


 


 トゥリスがゆっくりと立ち上がった。

 その右手には、封印術式が刻まれた札があった。

 〈断罪の証〉──処刑の合図である。


 


 だが、それを掲げる代わりに、男は言った。


 


 「……お前が、命をかけて拾った“瞳”だ。

  無理に閉じるわけにもいかんな。」


 


 アーデンの目が細められる。

 ほんのわずか、かすかに安堵が宿った。


 


 「訓告処分。監視対象として記録。

  今後、再び命令違反があれば──即時、斬首だ。」


 


 「……恩に着る。」


 


 「お前のためではない。──好奇心だ。

  その子が、未来を変えるとでも思ったのか?」


 


 その問いに、アーデンは再び目を閉じる。


 


 「……俺には、わからない。

  ただ……あの目を、もう一度、曇らせたくはなかった。」


 


 トゥリスはそれ以上何も言わず、札をしまい、背を向けた。

 裁定の間の扉が開く。

 アーデンの影が、その闇へと溶けていく。


 


 こうして、命の猶予は与えられた。

 ギルドの中で最も“命に厳しい”場所で、奇跡のような判決だった。


 


 その夜、アーデンは再び家へと戻る。

 少年──アーロンは、柱の陰で静かに座っていた。


 まるで、そこに“在る”ことが当然であるかのように。


 


 名もなき裏通りで交わされた出会いが、

 やがて世界の均衡を揺るがす“禊の旅”へと繋がることを、

 このとき、誰も知らなかった。

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