第二章 高梨薫子と大谷君

2-1

 高梨さんだったら、絶対こんなことしないのにな。

 目の前の松本さんを見ながら、思わずため息をついてしまった。

「ねえ、大谷君。ちょっと話したいことがあるんだけど」

 と、仕事が終わった後に呼び出されたカリブ海の料理を出すというレストラン。松本さんはさっきから、大皿から自分の皿に取り分けた、パエリアというかチキンライスというか、そういう色の混ぜご飯的なものに混ぜられた豆をせっせとよけている。

 一応目に付くところにあった豆を取り終えたあと、ぐちゃぐちゃと皿の上のライスをフォークでかき混ぜて、残党がいないかどうかを念入りに確かめた。

 なあ。だったらなんで頼むんだよ。それ、あんたが選んだ料理だぜ。

 と言いたくなるのをぐっとこらえる。高梨さんだったらこういうこと言っても、

「そうなんだけどさー」

 って、ゆるゆると言い訳するぐらいなんだろうけど、松本さんって、ちょっとこわい。おとなしそうで清楚系だけど、反抗したら、「はあ⁉」みたいな感じて見てくるし、口答えなんかしたら、怒ってその後、徹底無視してきそう。おれもそこまでのチャレンジャーじゃないから、やったことはないけど。

 皿の横にはじき出された豆に、もう一度同情の視線を向ける。

 高梨さんだったら、つけ合わせのパセリでさえ、

「これって、ビタミンCがたくさん入ってるんだって。この香りも苦みも慣れるとおいしいのにね」

 って笑ってパクっと口に放り込むんだけどなあ。

 松本さんはほぼケチャップライス状態になったものをフォークですくった。そして挑戦的な視線を向けてきた。

「一条君って、彼女いるの?」

「え、一条?」

 おどろいた。男子人気ナンバーワンの松本さんから、ふたりで食事に誘われた。おれは同期で同じ課の高梨さんに片思い中だけど、「なんだー、松本さんかー。あんまり好みじゃないけど、ちょっとかわいいしな。悪くないな。あと二か月でクリスマスだし」、と思っていたところだったから、戸惑った。

 なるほど、こういうことだったのか。

 一瞬だけど期待した分、落胆も大きい。

 それで、思い出した。確か前の同期会の時、たまたま一条ととなり合わせに座り、なんだか妙に盛り上がっていた。

「だって、大谷君って同期の中では一条君と一番仲がいいよね」

「あ、うん、まあそうだけど……」

「最近、なんか一条君、すごくカッコよくなった気がする。彼女でもできたのかなあ、と思って」

 たしかに、一条はすらっとしていて俺よりも背が高い。顔も甘い系だし。何より半年くらい前から運動不足解消、といってボクシングジムに通い始めて、適度に筋肉がついていい感じになってきた。

「いや。彼女はいないと思う」

「ほんと? じゃああたし、ここで一気に行っちゃおうかなあ」

 安心したように、フォークを口に運んだ。

 食べられないなら頼まなきゃいいのに。ここ、おれが選んだ店じゃねえぞ。

 やっぱりよけられた豆に同情してしまう。

 ああ、高梨さんだったらな。

「大谷君は高梨さん狙いでしょ」

「え」

 いきなり言われて、コメ粒のひとつが鼻に逆流しそうになった。心の声が漏れたのかと思った。むせているおれを面白そうに見て、

「見てたらわかるよ」

「じゃあ今度、四人で飲む?」

 おれは、高梨さんと二人でもいいんだけどなあ、と思いながら答える。最近ようやく、高梨さん、たまーにだけど、仕事帰りにつきあってくれるようになった。まあ、お酒は飲まないけど。

 しかし、松本さんはあからさまに顔をしかめた。

「大谷君と一条君はいいけど、高梨さんはなあ」

「なんで?」

「あの人、苦手なのよね。なんかさ、全部上っ面、っていうか、本心見せないっていうか。何考えてるかわかんない、っていうか」

「はあっ⁉」

 おれが頓狂な声をあげたんで、それで我に返ったみたいだった。ひきつった笑みを見せ、

「ほら、だってあの人、男の人とっかえひっかえなんでしょ? なんか、チャラくない? 見た目もああで、性格もあんなノリノリのパリピ風とか、あたし、無理」

 と、早口で続けた。

 なんだよそれ! 毎日みんなで会議室に集まって、楽しそうに昼めし食ってんじゃん! 超、仲良さそうじゃん! こええよ、松本さん!

 なんか、よけられた豆がますますかわいそうに思えてきた。

「でも、いつもパンツスーツとか着てるじゃん」

「それは会社の話。でも、話してたら遊び人だ、ってすぐわかるじゃん。みんなも陰で、『あの人はヤりまくりだ』って話してるし」

 ダメだ。このままじゃ分が悪い。とっさに口を開いた。

「じゃあ……飲み会でもする? おれの大学時代の友達とか誘って」

 すると松本さんはあからさまに顔を輝かせた。

「あっ、それいい! そのほうが、一条君からも警戒されないだろうし」

 警戒?

 一瞬、ん? と思ったけど、まあいいや。

 おれは、松本さんが皿によけた豆を見つめた。

「それ、おれ、食おうか?」

 松本さんはこっちを見て、あからさまに顔をしかめた。

「やめなよ。これ、ゴミだよ」

 ……だからさ、おれ、さっきっからそれ、コメと一緒に食ってんだけど⁉


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